地箱

冬野瞠

箱を愛するひと

 彼女は箱の形を愛していた。



 現代の人間社会は、大小の箱で溢れていると言ってよい。

 人々は箱を並べ重ねた家で寝起きし、箱の形の乗り物で職場へ通い、巨大で縦に長い箱の形のビルをエレベーターという箱に乗って上下し、割り当てられた箱の中で仕事をする。

 身の回りにある箱を数えればきりがない。食器棚、冷蔵庫、エアコン、ヒーター、洗濯機、紙パック、食品保存容器。あらゆる机の抽斗ひきだしも箱であるし、テレビやスマートフォンなども薄い箱と言って差し支えないだろう。

 倍率を変えてどこまでも続くフラクタル。

 なぜ彼女が箱を愛するかというと、箱の形と比率を考えれば、一分いちぶの隙間なく空間に充填可能だからだ。彼女にとって箱とは、整然とした秩序の象徴だった。彼女は毎夜、この世界が箱で満たされるさまを想像しながら、安らかな眠りについた。

 彼女は身の回りを箱で埋め尽くすのに飽き足らず、食べ物でさえも箱形のものを所望するようになった。食パンや芋羊羮など最初から四角い食品はもちろん、成型したライス、パン、コロッケ、ハンバーグ、寿司、ケーキ、アイスなど。彼女はそれらをうっとりと頬張った。彼女にとっては味など二の次で、外見が箱形であることが最重要事項だった。

 彼女は長じるにつれ、自分が暮らすこの世界そのものが箱形であったなら、と夢想するようになった。箱の形の理想の世界。空間の取りこぼしのない、完璧で愛すべき世界。



 当人に自覚はなかったものの、彼女は地球人類から一人だけ選ばれる自然法則の裁定者であった。彼女の前では物理法則すらひざまずく。

 宇宙側は彼女の願いを聞き入れた。彼女が願った素朴な要求のとおり、太陽系第三惑星は角が八つある箱の形になった。これを地箱ちばこという。

 彼女が亡くなり、裁定者の権限は速やかに次代の人間へと移った。その人物が丸いものを好んだために、地箱の角は完全に取れて、星は全体として見ればなめらかな球体となった。

 これが、現在の地球の姿である。

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地箱 冬野瞠 @HARU_fuyuno

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