箱の中身はなんでしょう?

サトウ・レン

破壊の時を待つ。

 ここはテレビ局。俺は制作会社のAD。そして俺の横で、いつもニコニコしているおじさんはディレクターだ。このおじさん、俺たちの会社では伝説のひとなのだが、俺はその伝説ぶりを見たことがないし、どういう伝説なのかも、実は知らない。詳しいことを聞くと、みんな黙ってしまうのだ。有名な俳優さんや大物の芸人さんも、彼を見ると、ぺこぺこしている。


「荒さん。今回の罰ゲームなんですけど」と俺はそのおじさんに声を掛ける。彼の名前は、荒さん。


 俺たちはいま、とあるアイドルグループがメインのバラエティ番組の現場にいる。クイズコーナーの罰ゲームの準備を、俺が担当することになっている。


「何をするつもりなんですか?」

「『箱の中身はなんでしょう?』をしようと思ってます。みんな、悲鳴を上げるアイドルが見たいと思いますし」

「ほほう、中身は?」

「トカゲにしようかな、と」


「ふむ。駄目ですね」荒さんの瞳に険が宿った。ちょっと怖い。「すこし待っててください」

 そう言って荒さんがどこかに行ってしまい、数分経って、戻ってきた。何やら黒い箱を抱えている。


「これを使いましょう」

「なんですか、それは」


「ブラックボックスという道具です。昔、ネコ型ロボットを名乗るタヌキっぽいロボットから、貰ったんです。なんでも未来を変えるために、過去に来ている、とかで」

「やばそうな奴ですね」

「まぁそんなことはどうでもいいんです。本題は、この箱です。蓋が開いてても、中身が見えないでしょう。暗闇が広がっている。試しに手を入れてみてください。……あっ、でも、その前に」


「なんですか、その紙」

「誓約書です」

「……これ、要約すると。『私は今から何があっても、誰も責めません。すべては自分の責任です』じゃないですか」

「はい」

「嫌ですよ」


「じゃあ私のほうで書いておきます。じゃあ、手を入れてください」

「えっ、嫌です、って……何、手に持ってるんですか」

「銃です」

「本物ですか?」

「私はこの世で偽物が一番、嫌いです。では、手を」

「わ、分かりましたよ。んっ、よし、これは箱。箱の中に箱?」

「おぉ、ラッキーですね。宝箱ですよ。開けてみて」

「はい……わ、わぁ、は、箱が襲ってきた!」

 食われそうになった瞬間、荒さんが宝箱を思いっきり殴り、宝箱は静かになった。


「ふむ、ミミックでしたか。アンラッキーでしたね」

「ミ、ミミック?」

「そう、あれは私が異世界でダンジョンの探索ばかりしていた頃、こういう宝箱に擬態する魔物がいっぱいいて、よく倒したもんです」

「異世界……ダンジョン……」

 理解が追い付かない。


「まぁとりあえずそんなことはどうでもいいんです」どうでもよくないよ。「この箱のすごさを、私は知ってもらいたいんです。つまりこの箱には、私がいままで中に収めてきたあらゆるものが入っていて、手を入れるとそれがランダムに取り出せるんです」

「他には何が……」

 荒さんが箱の中に手を突っ込む。躊躇はない。


「例えば、これは湖近くで大量の若者を殺していた殺人鬼ですね。ホッケーマスクがトレードマークです。あぁ怯えなくても大丈夫ですよ。逆らえないように、腕は切り落としてありますから」

「殺人鬼……」

 ホッケーマスクが俺のほうを向く、その先の顔は分からないが、悲し気だ。


「例えば、これはリゾート地のビーチを真っ赤な血に染めた人喰い鮫ですね。こっちはいまでもまだまだ凶暴ですが、まぁ水もないこんな場所だから、安全でしょう。念のため、あのロボットから貰った、相手をちいさくするライトで小型にしておきましょうか」

「人喰い鮫……」

 手乗りサイズになった鮫が、苦しそうにジタバタしている。


「例えば、これは実はまだ絶滅していなかった恐竜です。もとは人工的につくられたものだったのですが、孤島である時から自然生殖をはじめたんです。一匹くらい捕まえても問題ないでしょう。大丈夫。これは草食です」

「恐竜……」

 草食としても、踏み潰されたら終わりだ。


「例えば、これはゾンビです。産業スパイをしていた頃、とある製薬会社が、裏でゾンビを作り出そうとしていることを知ったので、大金を渡して、ひとつ譲ってもらったんです。ちゃんと猿轡をかませて、縛り付けているんで、安心してください」

「ゾンビ……」

 かつて人間だったそれは、いま何を思っているのだろうか。


 俺は慌てて言う。

「こんなにも出して、もしも何かあったら」


「大丈夫ですよ。私がいますから。どうとでもなります」

「にしても、テレビ番組で使うには危険すぎます」


 がんっ、と荒さんが壁を殴りつけ、壁に穴があく。


「いまのテレビ業界はぬるすぎる。私が若手の頃は、毎日こんなのを相手にしていましたよ。例えば、倒したドラゴンの肉を持ち帰ったり、宇宙人に出演交渉するのは、新人ADが最初にやる、もっとも簡単な仕事でした。それがいまはなんですか。私は怒っているのです。私はいまのテレビ界を変える、パンドラの箱を開けてやりたいんです。すべてを破壊することで、新たな世界がはじまるんです。分かりますか」


「世界観が混沌としすぎていて、正直よく分かりません。ただそんな俺でもひとつだけ分かることがあります……」

「なんですか?」


「誰も触ったことのないものを触っても、誰も分からないんだから、『箱の中身はなんでしょう?』は成立しませんよ」

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箱の中身はなんでしょう? サトウ・レン @ryose

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