ポリハラがひどいから、箱にしてやったんだ
藤原くう
とあるカフェでの記録
昔はメタバースへ
思考と電子が衝突する不快な感触がぞわぞわとしたノイズとも脊髄を駆けめぐり――。
死ぬかもしれないと思いながら、ネットへ生まれおちる。なんでそんなことをするのかって言われると自分でもよくわからない。
よくわからないうちに僕は肉体を失い、いつの間にか黒い箱になっている。
それが当時のアバター。
今でこそ「ブラックアイス」なんて呼ばれることもあるけれど、当時の僕は無名も無名。フォードやニール、マサムネに憧れるガキだった。
電子の中は今のとほとんど変わらない。もちろん、設定されたプログラムによるさ。でも、パブリックスペースは基本的に一緒。
頭のネジがぶっ飛んだやつがいるのだって今と同じ。
前方に男女がいた。サイギークだ。やつらだけポリゴン数が天文学的数字だから、すぐにわかんだ。今はどうだかしらないけど……今もなのか、そりゃ大変だ。
誰よりも精巧たれ、誰よりも滑らかたれ。
それが、0と1とに脳を支配された彼らの教義。バイナリー神のお言葉に従いローポリをいじめているバカ。
そいつらが、通りすがった影のようなサラリーマンの脚を引っかけて、ブロックノイズみたいな笑い声を響かせてたんだ。
僕はあきれてものもいえなかった。姿かたちだけ飾りたて、技術の伴ってないやつなんて一番嫌いだ。だから、黙って横を通りすぎようとした。
「おいアンタ」
なのに、声をかけられた。無視して先に進もうとしたら、足音が聞こえてくる。バカにポップな音は、僕を通りすぎ、取り囲んだ
「なに……」
「いいアバターしてんじゃねえか」
嘲笑気味の言葉はどう考えたって皮肉。あっちのアバターはぱっと見でもかなりのカネがかけられているのがわかる。
ポリゴン数が尋常じゃない。そのポリゴン数は不可思議を越える。彼らにとってはポリゴン数こそが絶対なのだ。たとえ、人間には知覚できなくとも。
「そっちもいい」
言ってやったら、サイギークたちはゲラゲラ笑いはじめた。どうやら皮肉が通じないやつだと思ったらしい。そりゃどっちの話だ。
「アンタ、なんできっしょいアバターしてんの? なんかの罰ゲーム?」
「カネがねーんだろ。俺らみたいにさ」
笑い声がこだまする。彼らの装備品は、ラスダン前の勇者御一行のように。おおかた、金に物を言わせたのだろう。
とにかく。
「知識がねえのに、ネットなんてやんなよ、情弱」
金がないだのポリゴンがないだの言われても、別に腹は立たない。だが、ネット知識には詳しいつもりだった。というか、根暗な僕にはそれくらいしかなかったのさ。
つまるところ、僕は真っ赤になった。正直言って、プロとして失格だった。試作品を勝手に使ったことも含めて。
そのとき、僕は企業の犬として開発中のコンピュータウイルスのテストを行っていた。だから、ストレージにはそいつがあったんだ。
で、社外秘のウィルスをクナイとともにバラまいた。そうしたらサイギークたちはどうなったと思う?
――みんな箱になったよ、RIPって刻まれたやつに。箱になるとは聞いたしそのつもりで使ったんだけど、この目で見ると異様だったよ。
しかも、大枚はたいてこしらえたアバターがローポリの極みになって、アイツら相当こたえたみたいでさ。心まで箱になったみたいだった。
それがおかしくてつい笑っちゃった。あとから死んだって聞いて――脳が焼き切れたんだとさ――笑うに笑えなくなったけど。
ああごめん。そういや、ウィルスが欲しいって言ってたね。そりゃ、あげることはできるけど、こんなのもらってどうするのさ。
……なるほど、こんな世界はコリゴリ、か。その気持ちもわからんでもない。ほら、そいつ使うのはいいが、このやり取りは記録されるってこと忘れるなよ。じゃ僕は行くよ。
ポリハラがひどいから、箱にしてやったんだ 藤原くう @erevestakiba
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