【短編】白金少女と箱庭の生命
水定ゆう
箱庭庭園
この世界とは違う、どこか違う、だけど世界の裏側に必ず存在する不思議な世界。
無数に存在する陰の世界を少女が一人歩いていた。
陽の光すら貫通する白い柔肌。
白亜色の瞳は全てを見透かしてしまう。
普通の生活では生きられない。人呼んで
「ここが箱庭庭園ですか。噂以上に美しい場所ですね」
そんな中、白金少女がやって来たのは植物園。
名前は箱庭庭園。知る人ぞ知る幻の植物園で、いつ、どこに現れるのか分からない。
だからこそ、こうして足を運ぶことができたのは非常に幸運で、白金少女は周囲を彩る、四季折々の植物達を眺めていた。
「癒されますね。ここに芽吹いた命は、穢れを取り払われています。まさに、箱入り植物ですね」
ここに生きた植物達は穢れを知らなかった。
生き生きと咲き残り、陽の世界に蔓延する灰と埃の雨を受けたことがない。
まさに箱入り植物で、外に一度だけばきっと死んでしまうだろう。
白金少女はそう思うと、何処か自分と重ね合わせる。
「まるで私と同じですね。外の世界で生きるには、あまりにも弱々しい体。その生き方すら、陽の世界には合わないと言うことですか」
何だか忌々しくさえ思えてしまうのは、白金少女自身がそうだからだ。
ソッと手を伸ばして近くに咲き誇る赤い可愛らしい花を撫でようとする。
すると腕を光りが透過して、白金少女を諌める。
「おっと」
間一髪のところで腕を引き戻した。
ふと影の中で腕を見ると、白い柔肌が焦げ付いている。透過したせいで骨にまで黒い煤ができ、自分の行った行為すら諌める羽目となる。
「私はやっぱりこうなんですね。ここに生きる植物達と何処も変わらない。変わるのは……その在り方だけですか」
白金少女は肩を落とした。箱庭庭園に足を運んだのも、自分自身が触れることが許されているのか確認するためだった。
しかし結果は残念なもの。
これ以上この場所に残る必要はなく、踵を返そうとする。
すると全身を悪寒のようなものが走った。
ふと立ち止まると、白金少女の頬を棘のようなものが撫でる。まるで助けを求める手のようで、ピンと伸ばされ白金少女を引き止めようと必死だ。
「どうして私に助けを求めようとするんですか?」
白金少女はそんな奇妙な体験を目の当たりにしても動じなかった。
否、動じる必要するなかった。
その真実は白金少女を取り巻く景色にある。
「これは貴方達が望んだ結果ではありませんか? 自らの背負った罪に対する罰を受けているんですよ」
意味不明な言葉を吐きかけると、突然植物達が脈動する。
ガサガサと木の葉を揺らし、花々は彩りを可憐にさせ、香り豊かな匂いを撒き散らす。
これこそが生きている証。
白金少女は植物達の命の鳴動を目にした。
しかしそれはあまりにも自殺行為。命を消耗し、苦痛を得ることと同じだった。
「苦しいんですね。ですが私にはどうすることもできないんです。諦めてくれませんか?」
白金少女は素直に答えると、その場を後にしようとした。
しかし箱入り植物達は決して諦めない。
少しでも足掻こうと、白金少女の腕を掴まえた。
「私に触れないでください。触れると、貴方自身が苦しむだけですよ」
そう言うと、苦しみあぐねるように、白金少女の腕を掴んだ枝が燃え出した。
轟々と火花を散らし、赤黄色の炎が揺れる。
他の植物には決して引火することはなく、枝に宿った本体の命を蝕んだ。
「箱庭庭園がそう言う場所であると分かっていながらこの地にやって来てしまった。その行為自体が間違っていたんです。ここには、
白金少女はそう答える。すると悲鳴めいた大合唱が何処からともなく風に乗って運ばれる。
悲痛な叫び声。早く楽になりたいと願うような声が無数に騒めく。
耳が痛い。うるさくてたまらない。
白金少女は白亜の瞳で見透かすと、植物達が苦しむ人間のように見えて仕方がない。
「悪いですが、私にはどうすることもできないんです。他を当たってください。それでは」
そう言い残すと、白金少女は冷たく箱庭庭園を後にした。
踵を返したまま、決して振り向こうとはしない。
むしろ顔を上げることすら億劫で、耳障りな音と共に捨ててしまう。
箱庭庭園。それは幻の庭園。
四季折々の植物が芽吹き、命を消耗して咲き誇る。大自然のリラックス効果を生み出し、あらゆる物の穢れを取り払う代わりに、箱庭庭園でしか生きていけない、箱入り植物を生み出す場所。
しかしそこに芽吹く植物達はここで生まれたもの。もちろん種も苗も存在せず、ただ命の形を変え、変質したに過ぎない。
その正体は人間。この地に魅了され、ルールを破った人間の末路。
生きることも死ぬこともできず、苦しむ姿を見せ続け、救いのない絶叫と共に生涯を罰で全うする。
それこそが箱庭庭園の正体。
この庭園は、罪人と化した人間を閉じ込める檻。否、幻となり命を消耗する箱なのだから。
◆箱庭庭園◆
危険度:D
説明:陰の世界に存在するとされる移動式の植物園。四季折々の植物が芽吹き、高いリラックス効果を得られる。(例:過去には重度の鬱病が瞬く間に完治したとのこと)しかし生物は十五分しか立ち入ることができず、それ以上滞在すると全身がランダムな植物へと変化し、命を消耗して死ぬまで絶叫をあげる。その存在に他者が知覚することはできないまま、その場で永遠の時を過ごすことになる。
【短編】白金少女と箱庭の生命 水定ゆう @mizusadayou
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