GOOD MOURNING!! 七夕特別編

叶えて、ヒミツの願いごと①

 短冊を持つ手は、今もなおだ。


 宛もなく壁にもたれ、私は窓辺に目を向ける。

 視界に入ったのは、2人の小さなてるてる坊主。カーテンレールから吊り下げられた彼らは、仲睦まじい様子で並び、窓の外を眺めている。そのつぶらな瞳は、空の青が続くのを祈るようで。

 彼らに倣うように、私も視線を移した。


 夏の昼下がり。

 燦々とした鋭い光が、地上に降り注ぐ一時。

 しかし鈍さを覚えるのは、でたらめに身体を打つ熱のせいだろう。

 混じり気のない軽やかな青が、天を染める一時。

 しかし重さを覚えるのは、そこかしこを陣取る雲の影のせいだろう。


 夕立でもくれば、少しは涼しくなると言うのに。

 そう思えど、口にはしなかった。

 何故なら彼女は――私の想い人は、それを良しとしないから。

 2人分を想定したアパートの一室。そのリビングのちゃぶ台を占拠する者が一人。

 橙色の短冊に向かって、さらさらとボールペンを走らせているのは、ザラメだった。


「願いごとかね? ザラメ」

「そうです!」


 覗いてみると、「皆さんが、楽しい毎日を送れますように」と書いてある。


「ああっ! 見ないでくださいよぉ」

「すまない。ふふっ、ザラメらしい素敵な願いだ」

「むぅ……」


 頬を膨らませるザラメの傍らには、カレンダーが掛かっている。上部には7月と印字されており、7日のマスには赤い丸が囲われていた。

 明日は七夕。

 言うなれば、織姫と彦星が紡ぐ一夜限りのラブロマンス。星が選び、人が見届けるエンディング。


 まるで私とザラメのようだ。

 ラブロマンスと言えば我々。君たちもそう思うだろう?

 今こそ神話をなぞり――否。神話を超えて、愛を永遠にしようではないか。


 思いを馳せていると、ザラメが私の短冊へと手を伸ばす。


「見られたからには、デウスさんのお願いも見せてください!」


 しかし残念ながら、手に持つ短冊は白紙だ。


「神に願いごとはないのだよ」

「ザラメと結婚したいって書かないんですか?」

「――書いてほしいのかね?」


 私は彼女の元で膝をつき、彼女の手を取る。

 その滑らかで冷たい手へ、私の熱を与えるように——。


「今なら青年もいない……二人っきり、甘く耽美なお楽しみといこうではないか」

「なっ、な……?!」


 戸惑うザラメ。

 死体でなければ、顔を真っ赤にしているだろう。


「私なら、永遠の幸せを与えられる。約束しよう——我がヒロインよ」


 世界は有限。だから躊躇などしない。

 今こそ、アレを使う時……!


 ガバッと上着の前を開け、そこにびっしり貼り付いているものをザラメに見せる。


「さぁ! 婚姻届けならここに!!」

「わああ気持ち悪いですぅぅ! というかそんなに要らないですよね?!」

「それが要るのだよ。何度世界が巡れども、幾星霜の果てまでも、愛を誓えるように、な」

「思ってたより強火ですね!? こうなったら一撃滅却! ザラメちゃん☆ファイわぶっ?!」


 必殺の炎を出そうとしたザラメの顔に、緑の葉がかかる。笹のようだ。

 そしてその先には、青年とコスズの姿があった。

 青年は笹の葉先をザラメから離し、呆れた声で尋ねる。


「まーた燃やそうとしたろ、お前」

「正当防衛ですよぉ!」

「そうだぞ青年! 私だって本位だったのに!!」

「弁明になってねぇぞお前ら! つか本位だったってなんだよ?!」

「マゾー……」


 コスズ、その言葉には語弊がある。

 私は両手を大きく広げ、舞台役者の如く声を張り上げた。


「普通のマゾとは違うのだよ。私が求めるのは、ザラメからの愛の鞭だけ……いわば私は、ザラメ専用のマゾヒストなのだ!!」

「駄目ですこの方、早く何とかしないと」

「手遅れだろ」

「まさに手遅れ! 私もう、ザラメ無しでは生きられないっ!!」

「ザラメ……もう嫁いでやれよ」

「諦めないでください~!」


 青年にしがみつき泣きたてるザラメ。なんとも愛らしい。そして青年が羨ましい。

 私にもしてくれたって構わないんだぞ? なんならもっと激しいのをくれても……。

 しかし思いは届かない。勿体ないことにザラメを引き剥がした青年は、笹をちゃぶ台の上に置く。


「ったく。準備、とっととやるぞ」

「おー……」


 青年に続いて、コスズが笹の傍に腰掛けた。

 ザラメの瞳も期待に満ちている。


「張り切っていきますよ! デウスさんもっ」


 私の腕を掴むザラメの手は、何故か温かかった。

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GOOD MOURNING!!~幕間彼方のアンソロジー~ わた氏 @72Tsuriann

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