太平の海

 太平洋といえば、かつて帆船による航海が主な長距離移動の手段だった時代。欧州を出立し、南アメリカ大陸と南極大陸間の激しい海域を抜けたとある探検家が、その穏やかさに感動してつけた、とかいう話は有名である。


 しかし、いかにそんな太平の海洋と云えど、その名にふさわしくない顔を見せる日もある。いかに天下の美女と云えども、怒らぬということがないというのはこの世の摂理であるわけだが、それは大自然にも当てはまるのである。


  3月のニュージーの朝というのは、暑くもなく涼しくもなく、とてもちょうどよい気候であった。

 

 寝ぼけ眼をこすりながら寝間着から着替え、階段を上がり食卓につくとそこには美味しそうな目玉焼きトーストがあった。ナイフとフォークで頂いている間、我々は今日の予定を聞いた。

 

 ホストマザー以外は仕事や学校なので、今日は海にいく、ということだった。

 

  そうか、海か。学校からほど近く、というか接するところに海があるので、正直言って海そのものにフレッシュな感覚は抱かなかった。


 ただ、異国の海である。モノカキの端くれとして、妄想に生きる人間の端くれとして、興味深く見つめなければいけないと感じた。


 興味深く見つめるつもりだった、のだ。

 しかし、現地に行ってみるとすごい雨風であった。

 

 我々が言った海はいわゆるビーチのようなところではなく、日本で言えば屛風ヶ浦のようなところである。


 岩場に腰掛けながら、テキトーに過ごしていた。もとから雨はチロチロと少し降ってはいたのだが、やがて粒が大きくなり、そして粒の数も増えていく。


 風もだんだんと強くなる。

 防寒にと着ていたウインドブレーカーがたなびいていた。

  

 海岸の砂は不気味に舞い上がるせいで、視界は悪い。

 おまけに、足元には大量にカツオノエボシと思しき青いクラゲの骸が撃ちあがっている。


 何かの海洋系SFの導入か、というような異質な海だった。


 身を震わせながら、我々を海まで連れてきたホストマザーの車に乗り込む。


 その時点で、時計の長針は12時を回っていた。


 我々はどこへとも言われぬまま車に揺られた。

 ついてみると、そこはフィッシュ&チップスの店だった。

 

 海に面したテラス席――もちろん屋根やビニール幕があったので雨風は入ってこなかったそこに腰掛けた。


 そして噂に聞く大英帝国名物を口にした。


 イギリスと言えば、マズイ飯である。

 だが、フィッシュ&チップスはとても美味しかった。

 まず、魚が美味しい。白身魚にありがちな臭みがなく、非常に食べやすかった。また、油の量もちょうどよい。厚い衣がないので、あくまで油が魚の味を引き立てる存在に徹することができている。

 チップスはとくに変わりないフライドポテトだったが、正直度肝を抜かれる美味しさだった。荒れた海岸から成功して、かつ昼時を少し過ぎたくらいだったので「空腹は最高の調味料」状態だったのかもしれないが、このフィッシュ&チップスは今回の旅で二番目に美味しい食事だった。

 ちなみに、一番美味しかったものというのは、ニュージーランド出国の日に弁当として渡され、空港内で友達と食べた一アボカドとサーモンの巻き寿司である。一週間ぶりの醤油に感動したことは後ほど書こうと思う。

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キアオラ、新西蘭! 一畳半 @iti-jyo-han

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