【KAC20243】『箱の中に俺は居る』

小田舵木

【KAC20243】『箱の中に俺は居る』

 箱の中に。俺は居る。

 昔読んだ安部公房あべこうぼうの『箱男』の真似をしている訳だ。

 ちょうど。家の冷蔵庫が故障して、新しいモノを買ったから、具合の良い箱が家に転がっていた訳だな。

 

 自分が被った箱の目の高さの部分には窓を付けている。

 箱の蓋は内側に折り込んでポケット代わりにしている。

 

 箱を被ってみると。不思議と落ち着く俺が居た。

 何だろう?猫でもあるまいし。だが。暗くて狭い空間というのは妙に心が落ち着く。

 

 俺は。部屋という箱の中で。さらに箱を被って生活している。

 二重の箱。それが俺を世界という危険な場所から守ってくれる。

 世界。ロクなもんじゃない。俺は世界に破れた男で。箱を被る前から。部屋という箱にこもりっきりである。

 

 箱の窓から眺める俺の部屋は。散らかりつくしている。

 どうにも。うつ気味になってから。部屋の片付けが上手く出来ない。

 ゴミに囲まれた生活。箱を被る前はゴミと距離が近かったが、箱を介せば。ゴミは遠くにあるように思える。

 

 箱。それは。世界から俺を隔離してくれる安全地帯だ。

 そして。箱を被っていれば。俺は世界から喪失する事さえ出来る。

 案外不思議な事に。箱を出て外に出ても。奇異の目で見られない。

 街行く人々は。人の大きさのダンボールでさえ目に入らないらしい。

 これは中々好都合である。どちらかと言うと、俺は世界を覗き見したいクチなのだ。積極的に関わろうとは思えない。

 

 俺は。箱を被ったまま家を出る。ちょいとした散歩だ。

 

                   ◆

 

 外の世界は春先で。コートを脱ぎだす時期だが。

 俺は逆に。箱を着込んで外に出る。

 箱の窓から見える世界は。青く澄んだ空で。中々に気持ちの良い時期なのだろう。

 だが。俺は。箱を脱ぐ気にはなれない。

 

 そぞろ歩く河原。河原のほとりにはカップルが数組。

 俺は。ああいう男女のあれやこれやから離れて数年になる。

 もう。30を超えてしまっていて。でも尚、引きこもり。

 うん。モテるはずがなくて。こういう箱からカップルを覗き見るのがお似合いだ。

 

 俺は河原のほとりに降りて。

 カップル数組を見渡せる位置に陣取る。

 箱の中で座ってしまえば。河原に不法投棄されたデカいダンボールの完成である。

 

 カップルはイチャつきまくっている。

 全く。公衆の往来だと言うのに。コイツらは。

 何だったら。あいつらはキスでも始めそうな勢いである。

 少し距離を離したせいで会話は聞こえない。

 だが。共に手を取り合って。至近距離でああだこうだ言っている。

 

 俺は。出歯亀心を発揮して。覗き続けている。

 さっさと。キスでも始めんかい。何なら、そのまま●ァックしてくれても良い。

 俺は恋愛のれの字も知らん男だ。ああいう微妙なやり取りをしたことがない。

 多分、俺だったら。あの時点で股間がパンパンになり。襲いかかるのは時間の問題だ。

 だが。俺が見ているカップルの男は紳士的らしく。女の目を見つめて。女の睦言むつごとをしっかり聴いている。

 これは―詰らん。俺は。こういうのが見たくて出歯亀している訳ではない。

 俺はそこら辺の空き缶をカップルの間に投げ込んで。さっさと退散する。

 

                  ◆

 

 河原でのカップルの観察は不発に終わった。

 全く。人目を気にせずイチャつく癖に。妙に紳士淑女であった。

 俺が見たいような景色を見せてくれなかった。

 

 俺は箱を被ったまま世界を彷徨うろつく。

 デカい箱が独りでに移動している光景は奇異に見えるはずだが。

 この世界の住人はそんな事どうでも良いらしい。

 なんなら。さっき主婦とすれ違ったが。ひと目も俺にくれなかった。

 気楽で宜しい。

 

 俺は。近所に女子校があることを思い出す。

 女子校に潜入。男の夢である。

 …箱を被っていれば、世界から消失していれば。

 俺は女子校に容易に潜入できるだろう。

 

 俺は早速女子校の正門へと急ぐ。

 そして門をさっさと潜る。守衛はうごめくダンボールを意に介していない。

 

 昇降口をさっさと通り抜ける。

 そして校内に。どうやら休み時間らしく。

 廊下には女子高生が溜まっている。

 

 あまり広くはない廊下。そこに俺のようなダンボールが蠢いている…

 普通なら異常事態だが。誰も俺を意に介さない。

 俺は。早速、階段の下に張り付いてみる。

 階段を上り下りする女子高生のスカートの中身を覗くためだ。

 

 しばらく俺は階段の下で女子高生のスカートの中身を堪能する。

 偶にショートパンツを下に穿いてるヤツも居たが。大抵はパンツを見せてくれる。

 最近の女子高生は派手な下着を着けている。

 俺の股間はパンパンであり。

 ちょいとトイレにお邪魔して―女子トイレ―。少しを足させてもらった。

 

 そんな事をしている内に。チャイムが鳴って。

 女子高生共は教室に吸い込まれていく。

 …授業を覗くのは詰らん。さっさと退散しようじゃないか。

 

                  ◆

 

 女子校を後にすると。

 俺は駅前に行ってみる。最近の趣味の人間観察をする為だ。

 人間観察。ダンボールを被る前は、人目が気になり過ぎて出来なかったが。

 今や。俺の存在はダンボールで隠匿されている。

 要するにやりたい放題なのである。

 

 駅の前の広場の。植え込みの中に俺は陣取る。

 そして。ダンボールの内側に折り込んだ蓋の中身を漁り、双眼鏡を出す。

 俺は。このダンボールの内蓋の中に色々と道具を仕込んでいる。

 携帯のバッテリーやら何やら。

 

 昼間の駅前はそこまで人通りがないが。

 ちょくちょく人は居て。俺はその人々を観察している。

 その中で目を惹いたのは。人妻らしき女性である。

 俺は双眼鏡で左手の手元を確認し、結婚指輪を認めて。

 今日はコイツを観察してやろうと決める。

 決めてしまえば。後は後ろからこっそり着けるだけである。

 

 人妻らしき女性は。買い物袋を下げて。

 家路を急いでいるらしい。

 俺は家に帰る人妻を追っかけ回す。

 

 人妻は。駅前から住宅街の方へと入っていく。

 そして一軒家に吸い込まれていく。

 俺は。一軒家の敷地に無断侵入し。適当な隙間に身を寄せる。

 適当な隙間は広くはない庭で。そこには好都合な事に窓がある。

 …おおらかな家らしく。カーテンを締め切ってはいない。

 

 鼻歌を歌いながら主婦は入ってきて。

 窓の向こうのリビングに続くキッチンで。買い物袋を広げている。

 冷蔵庫にモノを仕舞うらしい。

 

 主婦は冷蔵庫にモノをしまってしまうと。

 リビングのソファで寛ぎだす。

 俺は。それをじっくりと眺める。

 暇でもして。●慰でも始めてくれないだろうか。

 俺は。そういうのが大好きなのだ。

 

 主婦はソファの上で電話をし始める。

 内容は―ギリギリ聞こえてこない。

 気にはなるが。これ以上、家に接近したくはない。

 いくらダンボールで隠匿されている存在だと言えど。モノには限度があるように思えるからだ。

 

 主婦は電話をかけ終わると。

 ソファに寝転んで。俺はそれをじっくりと眺める。

 主婦にしては。体が若々しい。恐らく。子どもは居ない。

 俺は彼女の肢体を見てみたくなる。

 

 電話からしばらくすると。インターフォンが鳴る。

 俺はその音にびっくりした。何時何処に居ようが、インターフォンの音は心臓に悪い。

 

 インターフォンに反応した主婦は。

 玄関に行き―そのまま帰ってくるかと思ったが。

 男を連れていた。

 だが。その男は。旦那にしては若すぎる。

 そして。その男は。人妻を抱き締めて。激しいキスを始めて。

 俺は期待していたモノを見ることになる。

 人妻は。着痩せするタイプらしく。中々いいスタイルをしていた。

 そしてその肢体は。若い男に抱かれる。ソファでおっ始めた。

 俺はそれをじっくりと眺め。

 ここでを足したくなったが。いかんせんティッシュを持っていない。

 俺は。庭の青草に青臭いモノをぶっかけておいた。

 

                  ◆

 

 俺は。人妻と若い男の情事をとっくり最後まで眺めて。

 もう一度を足して。この家を去ることにした。

 いい加減、もう良いモノを眺められる余地はないからだ。

 

 俺は住宅街を出て。駅前に戻り。

 夕方の駅前広場の植え込みの中に戻る。

 人混みで一杯になり始めた駅前。人が多すぎて酔いそうだ。

 

 俺は今日の散歩を切り上げる事にする。

 さっさと家に戻ってしまおう。今日も良いモノをたくさん見れた。

 

                  ◆

 

 俺は家に帰ると。ダンボールの中の自分を確認してみる。

 もう、この箱を被り初めて一週間だ。風呂にも入っていない。

 なのに。を足しまくったせいで。股間の辺りから青臭いにおいが漂っている。

 この箱の中が青臭さで一杯になっちまいそうだ…いい加減脱いで、風呂でも浴びるか―

 

 そう思った俺は。ダンボールを脱ごうとしたのだが…

 

 

 

 別にキチキチに中に詰まっている訳ではないのに。

 俺はダンボールの中で暴れてみるが。まるで鉄の格子に閉じ込められたかのように、箱はビクともしない…

 

 俺は絶望せざるを得ないが…それもこれもどうでも良くなってきたのは何だろう。

 箱を一度被ってしまうと。箱の中の世界が俺の世界になってしまっていて。

 俺は二度と箱なしの世界に戻れそうにないが。別にそんな事はどうでもいいのだ。

 箱を被っていて。生活に困る事は何もない。

 別に食料なんかは箱を通して入手し、箱の中で食えば良い。

 用便だって。箱の中からちょいとケツと股間を出せば。トイレで済ませられる…

 

 俺は箱を被ったまま、ベッドに寝転がる。

 そして。箱の窓を通して、天井を眺めて。

 これからの人生…箱生はこせいに想いを馳せてみるが。

 まあ。悪いモノでもないだろう。

 俺と世界を隔てるモノが一つ増えただけだ。

 別に。もう俺は人生を捨ててしまっているのだ。

 どうでも良い。箱さえ被っていれば。出歯亀し放題なのだ。

 のオカズには困らない。

 

                  ◆

 

 こうして。俺が人生を箱生に変えて。十数年が経った。

 俺は相変わらず箱に籠もっている。

 ま、もう一つの箱からは追い出されてしまった…部屋の事な。

 だが。俺は河原の橋桁の下で。箱の中に潜って生活を続けている。

 相変わらず出歯亀は楽しい。いくら人の痴態を見たことか。

 アレさえあれば。エロサイトなど必要ない。

 

 箱を被った男は。箱に呑み込まれた。

 だが。そんな事は世界を変えはしない。

 ただ。俺は箱として。この世界に存在するだけだ。

 そして。永遠に世界を出歯亀し続ける。

 寂しくないかって?寂しくはないよ。

 なにせ。お前のすぐ側のダンボールが俺なのかも知れないのだから。

 俺は箱に身を潜めて。今日もお前らの痴態や人生を見守っているのさ。

 人生を下りた俺にはお似合いの箱生だと思う。

 

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