第32話
そして、離宮では実家の農園とご近所のじゃがいも農家からかき集めた種芋を、シャルロッテ、コーネリア、アンリのじいやの白ひげのセバスチャン、ワープリン家執事のちょび髭のセバスチャン、それから離宮のメイド総動員で植えていた。
じゃがいも農園から分けてもらった肥沃な土からひょこっと顔を出したミミズとこんにちはしてしまい「ギャー!虫」と失神してしまったブリッター女史は、部屋で紅茶を飲みながら休んでいたが。
「あー、収穫が待ちきれないわ、じゃがいもってホクホクしてバターと相性抜群でとーっても美味しいのね。あんな珍妙、いえ風変りな見た目ですのに、すごいですわ!キャロットケーキと双璧だわ、それにこうやって畑仕事してれば消費されて太らないって農園のマダムもおっしゃっていたし!」
じゃがいも農園でじゃがいもバターを御馳走されて以来、コーネリアはすっかりじゃがいものとりこになっていた。
「こんな素晴らしい野菜、これを機会に国中に広めるべきよ!決めた!わたくし農学を学ぶわ、王都の大学に進学するの。お父様はもうスノーブ屋敷に帰ってお見合いしろとかいってるけど、絶対にいや、わたくしは恋なんてどうでもいいの、男性に左右される人生なんてまっぴらですわ、お父様は学費を出してくださらないかもしれない、でもわたくし、とっても成績がいいのですもの。奨学金を勝ち取ってみせるわ!努力はいつだってわたくしを決して裏切らなかったわ。やればやっただけきちんと結果としてついて来てくれるもの。それでね、研究して冬でも栽培できるじゃがいもや一月(ひとつき)で収穫できる全く新しい新種のじゃがいもをこの手で作り上げてみせるの!あぁ夢があるわー」
自分にとって大事なこと、だからコーネリアには一緒に来て欲しかった。
そんな彼女がその場所で新たな夢を見つけたことが、シャルロッテにとっては自分のことのようにとてもうれしい。
「わーコーネリア、すっげぇなぁ、あたいはじゃがいもは春と秋。三月(みつき)で収穫だってそういうもんだって思ってたんに、コーネリアは新しいもんを作ろうとか、そーいう風に思うんだっぺなー感心してしまうずら」
「何をおっしゃってらっしゃるのよ、シャルロッテったら、これには是非ともあなたが協力してくださらなくっては!」
シャルロッテは、面食らう。
「えっ、あたいは算術やらなんやら勉強は苦手だっぺ。研究とか言われてもわけがわからねぇ、ちんぷんかんぷんずらよ」
「あら、違うわよ。わたくしは研究する、あなたはそれを栽培する、そして新しいじゃがいもを、野菜を二人で作っていくのよ。そうしたら、この世界から飢える人が一人もいなくなるかもしれないわ、それをわたくしたち女性の手で成し遂げるの!ねぇ、これからは女性の時代よ。わたくしたちだって大きなことが出来るんだって、男性たちに見せつけてあげるの。嫁ぎ先の順列がどうだこうだとか、そんなことだけのために生きてるんじゃないのよってね。考えてごらんなさい、素晴らしい未来でしょう!」
「わーすっげぇなぁ、コーネリアは」
髪の毛をくしゃくしゃにして、頬に泥までつけてにこにこと笑うコーネリア、その姿はお洒落してお澄まししているときよりも、もっとずっと魅力的に見えた。
自分の目に見える範囲の、耳に入った範囲の人を助けたい、そんな気持ちで動いたシャルロッテは、世界とまで広がったコーネリアの夢に素直に感服していた。
そして、その未来にしっかり自分を入れてしてくれることも、心の底からうれしかったのだ。
「だからね、わたくしにはどんなに時間があってもあっても足りないの。だからもうヘアアイロンで髪をのばすのはやめたわ!ありのままの自分でいるって決めたの!」
「ヘアー、ア、アイロン?」
「わたくしの髪ね、実はこれが生まれつきですの、今まで必死で朝に真っすぐのばしていたのよ。焼けた鉄の板を使ってね」
「ほわー、焼けた鉄…」
コーネリアは、古い殻を何の未練もなく鮮やかなまでに颯爽と脱ぎ捨てて本来の自分自身を見つけたのだ。
そして、彼女のように大きく広い視野ではないが、シャルロッテにも新たな目標は見つかっていた。
【あたい、やっぱり野菜を作るのが好きだ。離宮の畑は令嬢たちが戻ってきたら、続けらんねぇかもしんねぇ、でも王都での野菜作りは続けてぇ、遠くから配達されるモンじゃなくって、生きのいい野菜を食って顔色の悪い王都の人たちにも元気になってもらいてぇんだ。アンが帰ってきたら相談してみっぺ】
アンと遜色ないはずの大親友となっていたコーネリア、大きな夢を打ち明けてその中に自分のことも入れてくれたコーネリア、本来なら目の前にいるその彼女に真っ先に打ち明けるべきなのかもしれない。
でもなぜか、躊躇してしまった。
今はここにいないアンリ、行かないで欲しいと言うことが出来なかった戦地にいるアンリ、その彼に、自分の夢について真っ先に打ち明けたい、相談したいと思ってしまったから。
【アンとコーネリア、二人そろってここにいてくれりゃぁ、どっちを先になんてそんなこたぁいちいち考えねぇでも済むのになぁ、こういう肝心なときにアンって側にいねぇんだよなぁ、本当にいつ帰ってくるんだか、手紙の一つも寄こさないでよぉ】
それでもシャルロッテは、アンリがここにいないせい。
二人に一緒に打ち明けたい、自分はそう思っているのだと、自分の気持ちに何も気づかないふりをする。
このはじめて覚えた感情に、対処することができないのだ。
そして、離宮に新しくできたジャガイモ畑がすべて種芋で埋め尽くされたころ、マーガレット王太女の帰還の一報が、白ひげのセバスチャンからもたらされた。
「アンリ坊ちゃまがマーガレット殿下を庇って少々お怪我をされたそうなのですが、命に別状はないようですから、ご安心なさってください」
そうは言われても、心配で仕方ない。
どんな時でも、どんな場所でもぐっすりと眠ってきたシャルロッテが、その晩はまんじりとも出来ず、今まさに海を渡っているアンリのことを思い浮かべた。
【怪我って大丈夫なんだべか、アンは泣き虫だからな、痛い、痛い、ってべそべそ泣いてねぇかな】
夜も眠れず、シャルロッテが自分のことを考えていた。
このことをアンリ本人が知ったら、スキップや小躍り程度のことでは到底すまなかっただろう。
いよいよマーガレットとアンリ、王国軍の帰還の日。
シャルロッテは、港で今か今かとその時を待った。
こんなに一分一秒が長く感じられたのは、生まれて初めてのことかもしれない。
そして…
タラップを降りるひときわ背の高い青年、ミルク色の肌は煤け、金色の髭が日に照らされる。その彼は港で待つ少女を真っ先に見つけると、大げさに吊られた右腕の白布を放り投げて、両腕を大きく広げて少女に駆け寄る。
「シャーリー、僕と、結婚してくれー!!!船の道中色々考えてたけど、ストレートに一言できっぱりと自分の気持ちを伝えるしか、やっぱりこれしかないって思ったんだ!これは僕のまごうことなき本心です。シャーリー、君のことが大大大っ好きだぁー!僕の全てを君に捧げます!!だからずっと一緒に生きてくださひっ、よろひくっ!」
「いやずらー!それに全然一言じゃねぇっぺ、ぷぷぷ…」
「えーっ、どぉしてぇ、結婚してよぉー。はっ、まさか僕の留守の間に誰かに言い寄られていたりしないだろうねっ!だって、シャーリーはこんなに素敵すぎてとってもとっても魅力的なんだもの、誰だって好きになっちゃうよ、そんなのいやだぁー!僕が誰より一番好きなのに他の人となんて結婚なんてしないでー」
勝手に想像して興奮したアンリの顔は真っ赤に上気し、戦地で矢がかすっても平然としていたというのに半泣き状態になっている。
「それも、いやずらー、結婚なんて、そんなん考えられん。まだしたくないっぺー、だからそんなくだらねぇことでべそかくな。全くアンはあたいがついてねぇとこれだからな」
「うぅ、そうだよ、僕は君がいないと駄目さ、じゃあさ、えっとさ、じゃあさ、もしもの話、僕が誰かと結婚しちゃったら?」
「…それも…いや…ずら?」
「僕も絶対嫌だよ!シャーリー以外となんて天地がひっくり返っても、爪の先の先ほども、兎の毛で突いたほどもないから!そんなの完全に全く以てありえない!だからさ、僕と結婚しておくれよ。添い遂げておくれよーお願いだよぉ…イエスってその一言だけでいいんだよぉ…えっと、別に即決じゃなくてもさ、もうちょっと考えてみるとかでもいいんだよ、ねっ!」
「そんな子猫みてぇに甘えた声を出したってだめずらよっ、だからな、あたいの喋ってることちゃんと聞けって、それはまだちゃんと考えられんからだめだってちゃんと言ってるっぺー」
「まだ…あっ!じゃあ、いつならいいのーいつかならしてくれるのー!?まさか100年後とか?そしたら、僕らおじいちゃんとおばあちゃんに…あぁでもそれでも約束してくれるんならいいよ!ねぇ、いつなの!?教えてよぉ、いつ?」
「えへへっ」
そんな珍妙な応酬をしながら、顔いっぱいの笑顔の小さなシャルロッテと泣きべそ顔の大きなアンリは互いの距離をぐんぐん縮めてゆき、あと一歩で愛しい人に手が届きそうなその時、気が急きすぎてしまったのかアンリは小石につまずいてぐらりとよろめき、そんな親友をシャルロッテは両手を目一杯大きく広げて受け止め、最後にはひしと抱き合った。
農園育ちの田舎令嬢、婚約破棄騒動に巻き込まれる くーくー @mimimi0120
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