最後の魔法

タカテン

人類滅亡まであと48時間

「手品のことを魔法マジックって言うじゃないですか」


 私は青い箱と赤い箱そのどちらにも中に何も入っていないことを確かめてもらいながら、赤い箱の方にだけビー玉を入れた。

 

「あれ、私はどうにも好きになれないんですよね」


 言いながらふたつの箱のふたを閉める。

 

「あれは奇術トリックと呼ぶべきです。何故なら」


 そしてパチンッと指を鳴らすと、目の前の男にふたつの箱を開けてくださいと命令した。

 半信半疑で箱を開ける男の目が俄かに大きく見開かれる。


「魔法ってのは種も仕掛けもない、魔術論理が導き出す純粋な真実なのですから」


 赤い箱にあったビー玉を青い箱の中に空間転移させた私は、驚いた表情で見つめてくる男にそう教授してあげるのだった。

 

 🎩 🎩 🎩 🎩 🎩

 

 かつてこの世には魔法使いが少なからず存在していた。

 しかし、今やそのほとんどが廃業している。


 理由は単純、人間の努力――すなわち科学が魔法を凌駕したのだ。


 炎魔法の代わりにマッチやライターが、爆発魔法の代わりにダイナマイトが、飛行魔法の代わりに飛行機が私たちの力よりも遥かに簡単で、強力で、速度や運搬力に優れたものを社会に提供する。

 そんな科学の発展はもはや私たち魔法使いなんて必要ないと言わんばかりだった。

 

 そんな中、今や唯一生き残った魔法使いが私である。

 理由はこれまた明快で、私の使う空間魔法にまだ科学が追いついていないだけだ。

 もっともいずれは追いつき、追い越されることだろう。

 そう思って最近は色々と勉強している。

 というか魔法にかまけるあまり、いい歳して結婚もしていなければ、まともな職にも就いていない。

 今となっては魔法使いを続けるよりも早く廃業して、ちゃんとした職に就いて家庭を築きたいとさえ思っている。

 

 が、その時を迎えるよりも早く、人類は今、滅亡の危機を迎えているのだった。

 

 🎩 🎩 🎩 🎩 🎩

 

「――というわけで、この国の大統領や大金持ちたちは先ほどロケットで火星に向かいましたよ!」


 私にことのあらましを説明してくれた男――さきほど私の魔法に驚いた彼だ――の言葉は、最後の方にもなると怒りで震えていた。

 

「まぁ彼らの性格上そうするでしょうね」

「しかしですな! 国民に状況説明をすることもなく、それどころかやれ開拓精神だ、やれ新世界への魁だなどと称して自分たちの逃亡を胡麻化すなどというのは」

「それも彼らの常套手段じゃないですか」


 今さら憤ることでもない。どうやら彼はとても熱い男のようだ。

 

「それで私にどうしろ、と?」

「あなたの魔法で国民を、いや、この地球に住む全人類を救っていただきたいっ!」

「……まさか私の空間移動魔法で全人類を火星に送り込め、と?」


 私の問いかけに男が至極真面目な表情で頷く。マジか。

 

「……さすがに無理でしょうか?」


 呆れる私に男が不安そうに、しかしすぐ「ですが試してみる価値は」などと言ってくる。

 なので私は簡潔に「出来ますよ」と答えてみせた。

 

「え? 出来るのですか?」

「はい。可能だと思います」

「で、では!」

「しかし、オススメはしませんね」

「はい?」

「いや、確かに逃げた大統領たちが苦労の末なんとか火星に辿り着いたら既に人類が移住していた、なんてオチは面白いと思いますがね。でも、彼らと違って私たちは宇宙服も、宇宙で暮らせる家もないんですよ? 全人類を移動させたところであっさり全滅するのがオチか、と」

「ああっ!」


 ああっ、じゃない。そこは最初に気付いておけよ。

 脱出ロケットには乗れなかったものの、この緊急事態を知り得るぐらいには高い地位にいるだろうに。

 

「で、では、人類はもう滅亡するしか……ッッッ」

「いえ、ひとつだけいい方法がありますよ」


 悔し涙を浮かべる男に、私はあっさり答えた。

 正直に言えば、方法なんていくらでもある。

 でも、私は敢えてひとつだけと口にした。

 

 何故なら私はどうしてもその大魔法を試してみたかったからだ。


 誰もが成し得たことがない、理論上にだけ存在する大魔法。

 それはもはや空間転移魔法というより、術者の望みを叶える類のものだと言っていい。

 それほどのものであるから使えば私個人が魔力を失うばかりか、世界そのものも破壊するかもしれない。

 しかしそれでも使ってみたいと思うのは魔法使いの本性とも言える。

 

 それにどうせこのまま何もしないのなら人類は滅亡するのだ、だったら一か八かで試してやれ。まぁ他にも生き延びる方法はあるけどな、あっはっは。


「ほ、本当ですか!?」

「ええ。しかし成功するかどうかわからないですし、仮に成功したとしても全てが全て現状のままというわけにはいきません。おそらくはいくつかの差異が生まれるはずですし、記憶障害もあるでしょう」


 私はウキウキする心を押し殺しながら至極真面目な表情を浮かべて、それでもよろしいかと尋ねた。

 男はごくりと生唾を飲み込みながら大きく頷く。

 

「よろしい。では、簡単に説明しましょう。まずこの宇宙全体を大きな箱だと考えてください。そして同じような箱が無数にあり、しかし、それぞれが少しだけ違っていて――」


 🎩 🎩 🎩 🎩 🎩

 

「おい、マーク。もう帰るのか?」


 私が帰宅の準備をしていると、同僚のショーンが声をかけてきた。

 

「ああ、今夜のドジャースの試合は見逃せないからね。なんせもしオオタニがホームランを打てば、人類未踏のシーズン100本を達成するんだ。彼はまさにユニコーン、現代の魔法使いだよ!」

「魔法って言えばお前の魔法をもう一回見せてくれよ」


 ショーンがねだる私の魔法とは、箱の中のものを移動させる瞬間移動芸だ。

 

「ショーン、何度言ったら分かるんだい? これは魔法じゃない」


 魔法ってのはもっとこう、例えばを言うもんだ。

 

「こういうのはね、奇術っていうんだよ」


 そう言って私は彼の胸ポケット――そう、NASA職員を示すバッジが付けられているポケットだ――から予め仕込んでおいた私のスマホを抜き取って、愛しい家族の待つ家路へ急ぐのだった。

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