【KAC20243】タイムカプセル・ロマンス

いととふゆ

タイムカプセル・ロマンス

 初恋は叶わなかった。


 苦い恋の思い出がこの箱に詰まっている。


 高校一年生の春休み。

 卒業してしまった二つ年上の先輩に渡すはずだったプレゼントのハンカチと思いを込めた手紙。それをちょうどカラになった白い箱に入れた。


 卒業式の後、ハンカチと手紙を渡そうと、校庭で別れを惜しんでいるたくさんの三年生の中から先輩を探したけど、見つからなかった。

 先輩はドライな人だから、すぐに帰ってしまったようだ。

 

 最後に目にした先輩の姿は、式の終わり、卒業生退場の時だ。

 だから、先輩のことを思い出すとパッヘルベルのカノンが心の中で流れる。

 

 先輩は遠く離れた場所の大学に進学する。

 芯が強い人だから、自分のやりたいことや叶えたい夢に向かって一直線なんだろう。


 私も前を向くしかない。失恋から立ち直るんだ!


 蓋をした箱を押し入れの奥にしまう。


 これは、私だけのタイムカプセル。

 十数年後、忙しい日々に追われてこの恋を思い出さなくなった頃、掃除中に見つけて、何とはなしに開ける。そして、こんな恋もあったと懐かしむのだ。


 白い箱にしたのは、デザイン性のあるかわいい箱だと少しでも目についてしまった時、中を見ずとも思い出してしまいそうだから。

 箱の存在ごと忘れてしまうような味気ない白い箱を選んだのだ。


 

 ……しかし、それがいけなかった。


 

 この世は…………白い箱であふれている!!

 お菓子の詰め合わせの箱、ケーキの箱、靴の箱、スマートフォンの箱、他にも……。


 白い箱を目にするたびに、あの恋がよみがえってくる。

 箱の中身も。手紙は何回も読み返したから、一字一句覚えている。ハンカチを入れた紙袋のシールのデザインさえも思い出すことができる。

 先輩のことで胸がいっぱいになる。まだ好きなんだという気持ちがふつふつと湧いてくる。


 ああ、先輩が忘れられない。

 新しい恋に踏み出せない。


 もう高校卒業から何年もたっている。先輩もいいおじさんだ。容姿が崩れた先輩を見たら、この恋は冷めるだろう。

 そう思い、今の彼の姿を探した。しかし、いくら検索にかけても見つけることはできなかった。

 ちなみに先輩の名前は白い箱と同じくらいありふれた名前だ。


 

 タイムカプセルを開ける必要もないまま、還暦を過ぎてしまった。

 早くあの恋を忘れて、箱を開けたい。若かりし頃の苦い恋を懐かしみたい。


 ああ、長生きしなければ!

 新しい恋をして、白い箱を見ても動じない心を持ちたい。

 

 そう思いつつ、今日も白い箱を見つけたとたんに、パッヘルベルのカノンが流れるのだった。

(完)




 

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