「南京の基督」を読んで。

八十島蚕子

「南京の基督」を読んで。

 この話の魅力は設定に詰まっている。信仰深く純粋な少女がいて、その子が会ったという神様の正体を知っている大人がいる。だが彼は純粋な彼女に、あえて真実を伝えないと決断する。

 私自身社会経験は浅いものの、何度か純粋無垢な年少者に出会ったことがある。読んでるうちに彼らのことを思い出すと、私も彼らの純粋さを守るために嘘をついたことがある気さえしてきた。

 それと同時に、「純粋なままでいて欲しいから」という簡単な理由で我が子に嘘をつく大人の膨大な数に気づいた。世界中で何十億もの親が子どもに「世界中にプレゼントを配るサンタがいる」と騙したことがある。それほどまでに、子ども特有の純粋な眼差しには魔力があるのだ。その不思議な力は「純粋なままでいて欲しい」という大人の願望を膨らまし、ほんの少しだけでも長く、子どもが幸せと不思議で満ち溢れた世界の住人であって欲しいとまで思わせる。

 嘘をつくのは本来不道徳であるから、つくときには正当化に足る道徳的な理由が必要だ。しかし、純粋無垢なまま子どもを育てることについては、本人の成長のためという観点からは甚だ疑問であり、道徳的かどうかも怪しい。サンタがいると教えるのは間違いなのかもしれない。

 そうと頭ではわかっていても、「サンタっているの?」と幼い我が子に聞かれる日がいつの日か来たら、「いるよ」と間髪入れずに真剣な眼差しで答えるだろう。道徳の範囲を超えた不思議な力が私の肩を押す。例え自分自身が信じなくとも、間違っていても、子どもが信じればサンタも神様もいるのだ。


青空文庫「南京の基督」へのリンク

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「南京の基督」を読んで。 八十島蚕子 @Yasoshima_Sang0

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