はるをかくす

ひとえだ

第1話 はるをかくす

 はるをかくす


(お題:箱)

 

「箱は買ったから、中身は葵が考えて」

 いづみの手には濃紺の小ぶりの箱があった。濃紺ははるの好きな色だ

「だから遙のお礼はメシでもおごれって言ったのに」

 賃貸の内見に臨時招集された。一緒に行きたいと言った遙を無理矢理封印した。よくよく考えればいづみと二人で出かけるのは初めてだ

「彼氏なら遙が今欲しいものくらい分かるだろう」

「新しい傘が欲しいって言ってたな。でもその箱には入らないし、今日は傘を買うのは勘弁かな」


 いづみのスマホが鳴った

「姉から。出ていいかな」

「どうぞお構いなく」

 ・・・

「契約しなかったよ」

 ・・・

「幽霊が出てきたから止めた」

 ”ぎゃはははは”

 姉の声が耳に届いた。

 まあ、一般人はそうなるなと思ったが、遙に内見の話をしたら何故同行させなかったと悔しがるのは容易に予想出来る。エレベータの前で傘をさした幽霊はいづみでも認識している

 

「姉さん実家に戻ってこないらしいので、追い出されなくて済みそう」

「そいつはよかった。あの部屋借りて遙が遊びに行ったら大変なことになる。

 それと、今日見たことは遙に黙っていて欲しいんだけど」

「思い出したくもないわ!」

「今日案内してくれた不動産屋の女性が引き寄せているんだろうな」

「だからもう止めて。まさか傘の女が憑いてきていないわよね」

 さすがにここでからかうほど意地悪ではない

「あの幽霊なら無理かな」


「それにしても世の中は広いわね、あの遙と付き合う男がいるなんて」

「拓が薦めたんだぜ」

「拓はからかったのよ、まさか葵が遙をデートに誘うとは思わなかったし」


「ねえ、箱の中身、決まった?」

「ショーツでも入れたら、後で履いているところじっくり見せてもらうから」

 いづみの拳が飛んだ

「死ね!」

「幽霊の仲間入りか」

「死ね、死ね!! 

 ああ、早く拓が出張から帰ってきてくれないかな」


「ねえ、そんなことより、葵を借りたお礼を遙にしないと、真面目に考えてよ!」

「エッチなことしか思いつかない」

 2度目の拳が飛んできた


「なんか、遙が今興味あることとかないの?」

 顎に手を当てて考えた

「いつか源氏物語をYouTubeに上げたいって言ってたな」

「ふーん、遙らしいな。

 うっ、葵の服、芥子の匂いがする」

「さてはそなた、六条の御息所だな」

「あ~あ、私立理系の男が源氏物語とはね。

 遙に完全に取り憑かれているね」

 わざと声を変えて

「すこしゆるへ給へや(苦しいから、祈祷をゆるめて下さい)」


「僕は葵って名前だけど、源氏物語の中では朧月夜が好きかな

 

 照りもせず

  曇りもはてぬ

 ”春”の夜の

  朧月夜に

 しくものぞなき

大江千里おおえちさと)」

 いづみはクスクス笑いながらからかった

はるの夜ね」


「遙へのお礼、思いついたよ」

 黒いクッション材と綿を買って店を出た。そのまま花屋に向かい黄色い花を探した。

 向日葵ひまわりは不釣り合いなので、黄色い薔薇を1輪買った。箱にクッション材を敷き、薔薇を置いた。その上に薄く綿を載せた

「幻想的ですね。とても素敵です」

 花屋の店員は見た目20代後半で女性の盛りの頃だった

「彼女に似合いそうな花を3,000円位で見繕って下さい」

 いづみは直ぐに遠慮した

「そんなの悪いよ、今日は私が頼んだんだし」


 店員は笑顔で

「彼女さんはどんなお花がお好きですか?」

 いづみは突然の贈り物に混乱しているようだった

「お任せでお願いします」

 

「彼氏さんは何かリクエストはありますか?」

 ガラスに隔てられた花に指を指し

「あの赤い薔薇がきれいですね、その花をメインに見繕って下さい」

 店員は手際よく花を仕立てる

「さすがですね、薔薇が特別な薔薇になりました」

「ありがとうございます」


 店を出ると、夏の日差しが痛かった。

 もう夕方だが、夏の日差しは強よすぎる。

 いづみに花束を渡した

「なんか、遙に悪いな」


 はるの夜の

 朧月夜に

 似るものぞなき


「どういう意味?」

「こんな日はもう来ないって意味だよ」

 -了-

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はるをかくす ひとえだ @hito-eda

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