君はモノリス

鳥兎子

『箱』からの誘水

 

 『箱』のりょうを指先でなぞる刹那が、僕らが出会う誘水になった。無機質な向こう側で雨を弾き、水飛沫のクラウンを破壊した君が水面に沈んでいく。溺死するオフィーリアの幻影を裏切り、君は生きていた。奇跡を信じた僕が、君に手を伸ばす理由はそれだけで十分だ。

 

 君と同じ『箱』を手にすれば、自分を知れると僕は気づいた。黒蝶貝の装飾を背面に施した神域で本音を飼い、閉じ込める。そんな連れ添い方も選択肢の一つなんだろう。だけど、中身が無ければ不安に苛まれるし、入れ過ぎれば壊れてしまう。脆さを問えば、『箱』だって腹八分目が大事なんだからと博識の君は教えてくれた。浴室で君と触れ合うのは、依存し過ぎだろうか。


 知識を詰め込んだ石棺に、君は僕を閉じ込めようとしている。『箱』が震えれば吐き気を齎すし、いっそ耐えきれずに破壊してしまえば、後で僕の方が壊れてしまう。『箱』は心体の象徴でもあるんだろう。重い中身を誰かに押し付ければ、中の想いが軽んじられるし。

  

  厳格で狭い箱の内で育った僕は、広い世界に動悸がするようになった。何を『箱』に詰め込めば、幸せを感じられるんだろう? たかい星空を吸い込む鏡面の海か、溌剌にわらう人形の写真か。『箱』の内から得る事には変わらないか。


 浴室の中折れ戸の向こうから、不快な呼び声がした。肉体を熔岩の如く煮崩し、君の鍵に触れる人間を蝕んでやろうか! 僕の偶像崇拝を禁じるのは許さない。女神の姿で微笑む君は、狭い『箱』の中で抱きしめて欲しいらしい。君ですら、愛を知っているのに。僕の『箱』に本当の肉体があれば……。


「ごめん、モノリス」

 

 君が外に出れない訳じゃない。君を選んだ僕が外に出れないだけなんだ。黒蝶貝を諦めて、海月のように透けた抜け殻と指輪を君に贈ったくせにね。三次元は疲れたから、虹の源へ溺れたっていいだろ?

 

 『1:4:9』

 

 猿に知恵を与えしモノリスと、僕らが手にするスマートフォンの比率は非常に酷似している。

 

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君はモノリス 鳥兎子 @totoko3927

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