第8話 箱屋の仕入れ

 ああ、今日はよく晴れている。まさに仕入れ日和だ。

 フリーマーケットって好きなんですよね。いろんな箱との出会いがあって。

 そういえばあの標本箱を買ったのもここでしたっけ。今日はあの箱の代わりになるようなものが見つかるといいのですが……。

 おっとすみません、つい空など眺めてしまって。あまりにもいいお天気なものですから。


 わたくし、箱を探しているのです。ええ、箱です。おや、箱屋をご存じでいらっしゃる?それは光栄です。

 えっ、油を売っている店として有名だ、と?おやおや、ずいぶんと不名誉なうわさが立ったものですね。

 安心してください、ちゃんと油以外も売っておりますよ。確かに客の入りは少ないですがね。扱うものがくせのあるものばかりですから、ご用のない方においそれとお売りするわけにはいかないんですよ。


 おや、それなら引き取ってほしい箱があると。何でしょう?

 これはまた、可愛らしい木彫りの箱じゃないですか。天板に彫られているこれはスミレでしょうか?

 なんと、お子さんが彫られたものですか。しかも元はオルゴールが入っていたと。

 よろしいのですか?大事なものでしょう、これ。しかもそんなにお安くては、箱も不満がっているようですよ。


 ふむ、お子さんはこれにアクセサリーを入れてらっしゃったのが、大きくなって中身を全部捨ててしまったと。

 オルゴールはびて動かなくなって、取り外してしまったと。

 なるほど、それでこのような姿に。底に穴が開いているのは、オルゴールのねじを通していたからなんですね。

 しかしまだ小物入れとしては十分使えそうに見えますが、どうして売りたいのでしょう?


 ……なんと、宝飾品ほうしょくひんをため込む癖が。しかも入れてもらえないとなると、買わせてでも入れようと?

 おやおや。そんなに何度もクーリングオフのために貴金属店にいらっしゃったのでは、お店の方にも迷惑になってしまいますね。あら、出禁になった店まであると。

 それは確かに困ってしまいますね。

 どれ、箱にも聞いてみましょう。

 ……ふむふむ。そうですか、それは寂しいですねぇ。


 ああ、この箱はこう申しております。

 なんでもお子さんが小さい頃には、箱いっぱいにビーズのアクセサリーを入れてらっしゃったと。オルゴールのねじを回してふたを開ける時には、宝石箱を開けるようなわくわくした目で自分を見ていたのだと。

 それがいつの間にか、ほこりが積もっても見向きもされなくなったと。自分の中に素敵な宝飾品があれば、またあの目で自分を見てもらえると、そう思ったそうですよ。


 ……そうですか、やはり売りたいと。ではこちらは私が買い取らせていただきましょう。

 はい、ありがとうございました。

 では帰りましょうか。



 ……さ、今日からここがあなたの過ごす場所です。

 いえいえ、今はまだ不安でしょうが、大丈夫です。いつかあなたを欲してくださるお客様が、必ず現れますから。

 当店の名は「箱屋」です。

 大きなものは上半身が入るものから、小さいものなら小指の先ほどまで、箱と箱を求めるお客様を結ぶ、そのお手伝いをさせていただいております。


 ご縁がありましたら、どうぞ御贔屓ひいきに。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

箱屋 しらす @toki_t

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ