セッション4〜旅立ち〜

最後の勤務日。


時間通りにやってきた真司くんは、躊躇わずにまっすぐ教室の中に入ってきた。


「真司くん、こんにちは。」

真帆は笑顔で迎え入れた。


真司くんは真帆の顔を見て頭を深く下げた後、箱庭の方へ向かった。

そして箱庭の砂をゆっくりとかきまぜ、その気持ち良い手触りを楽しんでいるように見えた。


「ひんやりして、気持ちがいいわよね。」


「ううん、なんかあったかくて気持ちいい。」

真司くんは箱庭の中心に円を描くように動物の島を作り、その動物達に囲まれるように人間のミニチュアをおいた。


「【ぼく】かしら。」


「うん。」


そう言ったあと、真司くんは橋のミニチュアを持ってきて、丸い島を取り囲む細い川の上に置いた。


「島の外に、出られるようにしたのかしら」


「別に出なくてもいいけど、他の人も入れるようにした。」


そう言って真司くんは2体の人間のミニチュアを島の中に追加した。


「その人達は、誰かしら。」


「わかんないけど、なんとなく置きたくなった。今日は、これで完成。」


「いいわよ。じゃあ、また写真を撮らせてもらうわね。タイトルは、どうする?」


「うーん。動物??人間??‥‥【橋】かな。」

真司くんは満足気だ。


「橋ができて、真司くんと動物の島に人が入れるようになったものね。今日も素敵な作品を見せてくれてありがとう。」

真帆は箱庭の写真を撮る。


「真司くん、お母さんから聞いているかもしれないけれど、先生は来月から、別の学校に行かないとならないの。」


「知ってるよ。違う学校に行くんでしょ。もうすぐ、お引越しするんだ。」

そう言って、真司くんはポケットから小さな小瓶を取り出すと、真帆に渡した。


「先生、ちょっとしか会えなかったけど、砂遊び楽しかった。他の学校に行っても元気でね。」


「先生にくれるの?」


「うん、ぼくの宝物だったけど、他にも宝物があるから、先生にあげる。」


「他にも素敵な宝物があるのね。」



「うん。お父さんとお母さんは、ちゃんと僕の気持ちをわかってくれてたんだ。」



そう言って真司くんは、動物のフィギュアを手にとって、嬉しそうに微笑んだ。





校門の横に、大きな桜の木がある。

花びらが風に舞うその道を、手を繋いで楽しそうに帰る親子の後ろ姿。



真帆は窓を開け、小さな小瓶をそっと掴むと、太陽にかざしながら傾けた。

砂の粒が、キラキラと光り輝いて見えた。



2人の姿が小さくなって見えなくなるまで、真帆は春の風の心地よさを楽しんだ。




        〜完〜


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箱庭〜そのままのあなたで、いいんだよ。〜 タカナシ トーヤ @takanashi108

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