箱の中。
みかんねこ
開ける。
友達の話です。
一昔前……まだスマートフォンなんて影も形も無く、ようやく携帯電話が普及し始めた頃。
私達はいつものメンツで駅前のゲーセンにたむろして、しょうもない話をしていました。
当時は時間を潰すと言えばゲーセンかカラオケって感じで、金もない連中はただただダベって過ごすのが普通でした。
まぁ、正直ヤンキー一歩手前……今だとチャラいと言われるような連中でした。
ただ、恋人がいる奴もいなかったので、あくまでもそう見えるだけでどこにでもいる高校生ってやつですよ。
私達が自動販売機でジュースを買って、いつものように放課後の暇な時間を潰していると、たまに絡んでいた他校の高校生が慌てたように走って来ました。
そうですね、ここではAとしておきましょうか。
Aはどうやらトイレに行きたかったようで、一刻の猶予もない様な顔をしていました。
私達に気付くとAは、慌てた様子で手に持っていた鞄を差し出しました。
「悪い! ちょっとトイレ行きたいから鞄預かってくれない!?」
そのゲーセンにトイレはあるのですが、酷く汚くてどうしようもないとき以外は使いたくないような代物でして……。
Aはきっと、そんなトイレの床に自分の鞄を置くのを嫌がったのでしょう。
抱えてするには大きすぎる鞄でしたので……。
私達も知らない相手ではないし、スレていない純朴な高校生だったので快諾しました。
Aは文字通り一刻の猶予も無かったらしく、礼もそこそこにトイレに走っていきました。
鞄を預かったのは私だったのですが、その鞄に幾つかキーホルダーがついていることに気付いたのです。
ほとんど特に珍しいものではなかったのですが、その中に1つだけ目を引くものがありました。
「箱」です。
それは木を組み合わせて作られた、精巧な組木箱でした。
継ぎ目もほとんど見えないかなりしっかりした作りの箱で、他のキーホルダーが普通の物だった分、その箱だけ酷く違和感がありました。
なんとなく手に取り、振ってみるとカラカラと乾いた音がします。
何か中に入っているようでした。
一体、中に何が入っているのだろう?
それは純粋な好奇心。
その時私は思い出しました。
そう言えば、こういった組木細工は特定の手順を経れば開くと。
止せばいいのに私は木箱を手に取り、色々試してみました。
今考えると、それほど親しい訳でもない相手の持ち物を勝手に弄りまわすなんて、普段の私は絶対にやらない事です。
「何やってんの?」
私が木箱を手に取って何かしていることに隣の友達が気付きました。
仮にBとしておきましょうか。
Bに組木細工について話し、どうやら中に何か入っているようだと伝えた所、Bは目を輝かせました。
どうやらBはこういったパズルの類が大好きだったようで、自分もやってみたいと言い出したのです。
私もとりあえず試して満足したし、Bに箱を手渡しました。
Aはなかなか戻って来ず5分程Bが箱を弄っていると、Bが「あ」と小さく声を上げました。
カコ。
「箱」が開いたのです。
開いてしまったのです。
箱の中から出てきたのは。
人間の爪と、何かの白い骨。
……───ぞわり。
季節は夏だったにもかかわらず、急に全身に震えが走りました。
それを見た瞬間、私は後悔しました。
これは良くないものだ。
開けてはいけなかったのだ。
この箱は、これを封じる為の箱だったんだと。
「……気持ち悪っ」
Bは特に何も感じなかったようで、嫌そうな顔をして中身を戻しました。
そして組木細工を戻そうとした時。
「あっ」
Aが青ざめた表情でこちらを見ていました。
Bは「やっちゃった」みたいな顔をしていましたが、私はAの表情が妙に引っ掛かりました。
Aは蒼褪めてはいましたが、笑っていたのです。
ほんの少しだけ、口角があがり確かに笑っていたのです。
「……あけちゃったんだ」
Bはその表情に気圧されながらも小さく頷きました。
Aは鞄を受け取り、黙って箱を取り外してBに渡しました。
「あげる」
「え?」
Bは困惑の声を上げましたが、それを無視してAは歩き出しました。
「ちょ、ちょっと……あげるって言っても……」
私が声を上げるとAは振り返り、薄く微笑みながら言いました。
「それは開けた人のものだから」
そう言ってさっさと姿を消してしまったのです。
私達はAの異様な雰囲気に飲まれてしまい、その場は解散する事になりました。
翌日、Bが行方不明になりました。
突然のことで家出と判断されたのですが、Bには悩みなどもなく周囲の人間は皆一様に首をひねっていたようです。
私も探したのですが見つかりませんでした。
そんなある日、家に帰ると私の机の上にあの「箱」が置いてありました。
大きな声を上げてしまい母親に心配されましたが、Bの失踪にはこの箱が関わっていると確信しました。
それから伝手を辿って、なんとかAに連絡を取ったのです。
Aは言いました。
その箱は
開けた人間を材料に強力になる
上手く使えば便利だよ、と。
それっきりAとは連絡が取れなくなりました。
Aがどうなったのかは私にはわかりません。
そして……──────
──────……いま、私の手元には箱はありません。
もしどこかで見ても自分で開けてはいけません。
気になっても開けようとしてはいけません。
誰かに開けさせましょう。
そうすれば、箱はきっとあなたの助けになるでしょうから。
「──────……って話を聞いたんだよ、おじさん!」
何故か俺の家にあしげく通うようになった少女が、コーヒーを飲みながら楽しそうに話す。
そろそろポリスメンに目を付けられそうだからやめない?
え、嫌?
そう……。
「まぁ、割とよくある感じの話だな。おそらく『ナントカ箱』の派生だな。昔そういう感じの話が流行ったもんだ」
貪るように読んだあの頃が懐かしい。
今ならしょうもないと思う様な話でも、当時は信じて震えあがったものである。
「はえー、おじさん詳しいんだ」
「うむ、昔そう言う話に凝ってた時期があってな……」
ついこの間のような気もするが、もう〇〇年前か……。
俺も歳を取ったものである。
「あはは、生産性の欠片もなくておじさんらしいねえ!」
ケラケラ笑う少女。
こいつ……!
「有名な話の亜種だと思う。作り話だろ、そんなあぶねーモンあってたまるか」
そう言って俺は冷めてしまったコーヒーを飲み干す。
こいつの語り口がなかなか上手く聞き入ってしまった。
「夢がないねえ、おじさんはさぁ」
夢見るような歳じゃないからな……。
流石にこの歳で嬉々として都市伝説について語り始めたらヤバいだろ。
まぁ、嫌いではないが。
「んで、いきなりどうしたんだ。一応俺仕事が忙しいから、怪談ならまたそのうち……───」
いや、マジで今忙しいんだってば、来週までに図面8枚納品しないと……。
コトリ。
俺の言葉を遮る様に、少女が机の上に何かを置いた。
『箱』だった。
「ねえ、おじさん。開けてみない?」
少女が、目を細めて嗤った。
─────────────────────
中には手作りクッキーが入ってました。
*おじさんが美味しく頂きました。
箱の中。 みかんねこ @kuromacmugimikan
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
同じコレクションの次の小説
関連小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます