1000円の価値を持つ箱、その正体は?

アーカーシャチャンネル

その箱の正体は何ですか?

 彼はふと、中古ゲームソフトを扱うお店に足を運ぶ。


 秋葉原などで有名なチェーン店でもなく、北千住と言うそこまで有名ではない場所に構えた店舗である。


 SNS上でのやり取りでも、この店舗の名前を何度か見たことがあり、チェーン系列ではないが知名度が高い店舗なのだろう、と。


 南口から降り、そこから徒歩数分と言う場所に、その店舗は存在し、オープン前からすでに数人ほどの客と思わしき人物もいた。



 午前10時になり、その店舗はオープンする。客が走って移動するようなことはなく、彼らはそれぞれのテリトリーへと消えた。


 一人は携帯機コーナーへ、一人は据え置き機コーナー、一人はパソコンゲームのコーナーへ……と言う具合に。


 VTuberの準備をしている私服姿の一人の男性は、ふとガラスケースに陳列されたソフトが気になっている。


 ガラスケースには数万円のソフトや、箱や説明書もないソフト本体だけで1万円を超えるような中古ソフトも陳列されている。


 中には限定版でフィギュアだけ、2本のソフトが同梱されたパックで片方だけ……と言うのも数万円で販売されているので、余程の需要があるのだろう。


 レトロゲームを株式投資などに見立てて取引をするような人物の動画も彼は目撃しており、そういった状況が高額化の理由なのだろうか、とも思った。


 実際にゲームをプレイしたいという層と投資目的の層ではかみ合わないのでは、と考えるが……考えても仕方のないことだってあるのだろう。


「このガラスケースに置かれたソフトを、状態確認したいのですが?」


 彼が指さす方には、美少女ゲームの箱が置かれていた。しかも、数十個単位。


 箱の状態は新品と見間違うような状態であり、いわゆる新古品……に見えなくもないだろう。


 ビジュアルを見ると、平成にリリースされたゲームソフトで、ジャンルとしては美少女麻雀と言う具合か?


 昔には、美少女でマージャンと言うと、負けた美少女が衣服を脱ぐという脱衣麻雀と言うジャンルもあったが……家庭用ゲームで出ている以上は、脱衣要素はないだろう。


 せいぜい、水着のグラフィックが表示されるような……と言っても、水着でも露出度は高いか。



 これだけの量が置かれているのに、個別コーナーではなくガラスケースに陳列されているのは気になる。


 基本的に、ガラスケースの中に置かれているソフトはレトロゲームでも高価な部類のもので、SNS上では数十万円と言われるようなものもあった。


 しかし、在庫が数十個もあるのにこの箱に入ったソフトはガラスケースに飾られたままである。


 彼はふと気になって、店員に箱を出してもらうように言ったのだが……。



(軽すぎる? 一体、どういうことなのか?)


 彼は、箱のひとつを手に取ってあまりにもソフトが軽すぎることに違和感を覚えた。店員に許可を取り、少し振っては見たものの……違和感の正体が不明のままだ。


「これで1000円ですか?」


 恐る恐る、彼は店員に値段の確認を行う。値札には1000円と書かれており、消費税も入ると1100円だろうか。


 それが数十個単位で陳列されている様子は、まるで有名なトレーディングカードゲームのカードが並べられている光景と見間違えるかもしれない。


 描かれているイラストがイラストなので、そう思われても不思議ではないのだが。


「そうです。数日前に大量に入荷しまして」


 男性店員も、その光景は別の意味で驚くようなものだった。


 数日前にダンボール箱に入れられた状態で、この箱だけが数十個入っており、そこへの配置説明に関しても……。


【こちらの箱に関しては、勘違いでソフトと思って購入されないように、ソフトコーナーとは別の陳列方法をお願いします】


 ざっくりいえば、ゲームソフトコーナーとは別に陳列をするように指示書があったのである。


 このお店ではガラスケースへの陳列という事で対応をしていた。


「すでに何名かのお客様が購入されています。目的に関しては、人それぞれですが」


 何と、まさかとは思ったがあれ以上の数が置かれていたのだが、いくつか購入客が現れて、数が減っていたのである。


 ゲームの箱だけを購入するような客がいるのだろうか? 疑問に思いつつも、この場は若干離れて別コーナーへと向かう。


 

 その後、奇妙なコーナーを発見し、彼は色々な意味でも驚きを隠せなくなる。


 先ほどのソフトの箱だけを見ていただけに、この光景は……ともいえるだろう。


(説明書、ゲームに同梱されていたはがき、ディスク系ゲームの帯、ソフトのバグに関するお詫びのペーパーまである)


 このコーナーに置かれていたのは、ゲームソフトではない。


 限定版の付属品やグッズと言った部類を除いた、いわゆるソフトに同梱されているもののコーナーだ。


 これらだけを買って、いったいどうするのだろうか? 彼には意味不明ともいえる領域でもあった。


「説明書だけを買って、どうするのですか?」


「すでにソフト自体は持っているが、ソフトしかない。だから、当時の同封物を買って、それをニコイチして完品にするんだ」


「完品にして、どうするのですか? もしかして……」


「転売するのに完品の方が売れるというのはあるだろうが、自分の場合は完品にして当時の雰囲気を懐かしむ……というのがあるのかもな」


 彼は説明書だけを数冊、買い物かごに入れていた男性に質問をした。


 その回答は、まさか過ぎるもので、別の意味でも驚きを隠せない回答だったのである。


 そういう考えをしている人物もいるのか、と彼は説明書を購入していた人物に関心をしていた。


 その後、彼にお礼を言って再び、あのガラスケースのコーナーに向かう。



 ガラスケースに置かれた箱は、あと数個しかない。あのコーナーへ行っている間に減ったらしいが……。


「あの箱は? あれから売れているのですか?」


「あれね。ソフト自体は、そこまで出回っていたような作品ではなかったような気がするんだが、確実に減っているだろうね」


「じゃあ、もしかして……」


「そこまでこちらも聞いているわけではないが、その路線かもしれないね」


 男性店員も、今日に限ってここまで箱だけが売れるのも驚きだった。


 ソフトなども売れているし、箱だけが売れて想定外……というわけではないが。


 実際、ソフト本体だけも実はガラスケースに陳列されていた。あえて、この箱に入れて販売していないあたり、その辺りの事情も察していたのだろう。


「その箱、一つください」


 こうして、彼は例のソフトの箱だけを購入することにした。せっかくなので、説明書などが並んでいたコーナーで、このソフトの説明書も発見し、それも購入する。


 それ以外にも他に色々とレトロゲームを見て回ったので、合計で3000円は使っただろうか?



 それからしばらくし、彼は何のジャンルでVTuberを始めるか、と言う目的を思い出した。


 しかし、これらの購入物を踏まえれば……おのずと答えは出ていたのかもしれない。


 やりたくないようなマスコミに便乗して炎上系として活動したり、SNSのコメントにインプレなどを付けていくようなインプレスパム系……と言うようなことをすれば炎上するのは確実だ。


 それに、やりたくないような系統よりもやりたいと思う系統の方が長続きはするだろう。


 それを踏まえた結果、彼はレトロゲーム系VTuberとして活動をすることになった。



 それから数日後、あの北千住のゲームショップへ再び訪れたが、箱の方は品切れているという話を聞く。


 しかし、あの箱自体、メーカーからの公式品なので、コピーで作られた偽物ではなかったらしい。


 それでもわずか数日のうちに完売したとは、どういうことだったのだろうか?


 考えても仕方がないので、ガラスケースをチェックしてみた。すると……あのソフトはまだ残っていたのである。


 値段の方は、3000円とそこまで高くはない。出回ることが少ないソフトであれば高くなる傾向があるという話を聞いたが……どういうことだろう?


「このソフト、動作確認済みという事ですが……」


 そして、彼はこのソフトを購入し、ニコイチを成功させたのである。


 その模様は配信でも報告され、予想以上のバズを生み出していた。


 1000円の箱は、彼にとって価値にも代えがたいものを知るきっかけになったのは間違いない。

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