マジック
よし ひろし
マジック
眩しすぎるスポットライトを浴びながら、僕は箱の中へと身を沈めていく。
箱の蓋が閉じられる時、目線を助手の彼女へと向け、軽く頷く。
僕はマジシャン。人が箱の中に入り剣で刺していくという、あのよくある手品の最中だ。
本来なら助手である彼女が中でマジシャンである僕が剣を刺していくのだろうが、それではあまりにも芸がない。そこでマジシャン自身が中に、というわけだ。
更に理由がもう一つ。いま外で剣を手に取っているだろう彼女の人気だ。
ボディラインがはっきりわかる服で、剣を手に持ち体をくねらすその姿が、男性客に大うけなのだ。今いる観客の半分近くが彼女のファンだろう。
彼女は決して美人ではない。大学生だった彼女が弟子にしてくれと来たときは、なんて野暮ったい女だと思ったものだ。だが、彼女は化けた。化粧映えがするだけでなく、その体つきがセクシーで、ちょっとした仕草が男心をくすぐるのだ。
そう育て上げたのも、この僕だ。手品のことだけ考え生きてきた彼女に、手品だけでなく男の味も教えこんだ。もともと男好きのする肉体の持ち主であったが、それを開発し、磨き上げたのはこの僕だ。
そう、昨夜もこのホテルで――
観客の歓声が一段と大きくなる。いけない、そろそろ一本目の剣が刺される。
僕は仕掛けを動かし箱の底を開ける――つもりだったが……
開かない――
どういうことだ。動作不良か。
箱がのる台座に人がかろうじてひそめる空間があり、底を開けることによってその場所に移動できるのだが――ダメだ、底蓋がびくともしない
まずい、一本目の剣が来る!
身を捻り、その軌道から避ける。
スーッ!
危なかった。目の前に剣が――。刃は潰してあるので触れても切れることはないが、刺されれば大怪我だ。
「えっ――」
剣に触れた頬から血が滴る。鋭い痛みが後から来る。
どういうことだ……
頭が真っ白になる。
真剣だと――バカな、そんなはずは……
とにかく外に出ないと。暗闇の中、横に貫かれた剣に気を付け、箱の蓋を押し上げる。
「――!?」
開かない!
外から鍵がかけられたように見えて、実は蝶番側が開く様に細工がしてある。今のようなアクシデントがあった時に、中から力を込めればすぐに開くはずなのだが――
ダメだ。どうなっている……
いけない、次の剣が来る!
蓋から手を放し、身をさらに捻る。
「くっ!」
左腕がかすった。服と共に肉が裂ける。
限界だ。次の一本は避けられない!
比較的自由な足で箱を中から蹴る。
どんどん――
「助けてくれ!」
叫ぶ! が――
わあぁぁぁぁっ!
大きな歓声が返ってきた。どうやら演出だと思ったようだ。
「ちがう、本当に――」
更に叫ぶが、外の歓声にかき消される。その時、
「あなたが悪いんですよ、センセイ――」
彼女の声が聞こえた、ような気がした。
そこで、ふと昨晩の会話が蘇る。
「いつになったら、独り立ちさせてくれるのですか、センセイ。私、どうしてもマジシャンになりたくて――だから、すべてを捧げてきたのに…。奥さんがいるのを承知でこんな関係を――」
ベッドでの一戦を終えた後、裸のままでそう詰め寄られた。
「いま色々プランを考えているから、もう少し待って」
いま彼女に独立されたら営業的に困る。客の半分がいなくなりかねない。それに、この肉体――まだまだ手元に置いてたっぷり味わいたい。
「もう少しって――、いえ、わかりました、センセイ」
そう言って僕を見つめたあの視線――瞳の奥に何かを決意したような揺らめきを感じたが――
「まさか!」
外の歓声が一段と上がる。次の剣が刺されるのだ。
ダメだ、次は真ん中――
「待って――」
グサリっ!
剣先がわき腹に突き刺さり、更に、ぐっと力が込められた。
「ぐあ、ああっ…」
剣から伝わる彼女の強い決意――
激痛と共に、意識が遠のいていった……
マジック よし ひろし @dai_dai_kichi
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
同じコレクションの次の小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます