りんごの木箱と焼肉

神逢坂鞠帆(かみをさか・まりほ)

第1話

 石矢いしや君は、今日も、箱詰めをしている。

 関西の大学に進学した息子のような美古都みことと、その友人のエリーゼ嬢のために。

「もしかして、それを入れる気かい。石矢君」

 念のため、聞いてみる。

「だって、エリちゃんってば、北の大地のお米を食べているんだよ。関西在住だから、まぁ、せめて西日本のお米なら解るけど、ここより北のお米だよ。だから、僕は『青天の霹靂』を送り付けてやろうと思って」

「お米は重いから、送料高くつくよ。遠いし」

 石矢君は、へっへっへと笑いながら、瓶詰めのリンゴジュースやぶどうジュースも詰めていく。お隣の県のぐるぐるしたかりんとうも。今や立派な道の駅ジャンキーである。

「あ、そうだ。坂木さかき君、りんごの木箱あげるよ」

 米やらジュースやら入れてきたものである。今では作る職人も少ないので、レアものである。

 言われて、書斎を振り返る。いつものことながら、本だらけである。

「そうそう。仕事で読まなきゃいけない本とか、紙とか、よくなくすんだよね」

「だから、箱に入れなさい」

 ガムテープで封をする。試しにダンボールを持った石矢君が、「重っ」と声をもらす。

「これは、取りに来てもらおう」

 諦めて、お茶の時間。

「りんご箱と言えば、外で肉焼いて食べる時に、テーブルとか椅子の代わりにしなかった?」

「うん?」

 私は、首を傾げる。石矢君が、青ざめる。

「坂木君、もしかして、焼肉したことないの?」

「いや、それはあるよ。男子高校生なら腹ぺこだろうと、出版社の人に店で食べさせられた」

 そして、チェーン店の焼肉のたれに「うーん」となった。我々は、スタミナ源たれに支配されている。焼肉以外にも使える万能調味料なのである。

「もしかして、夏に庭で肉を焼かない家の子なの?」

「うん」

 簡単に頷く。

「それより、石矢君。私はともかくとして、君の奥方やご子息たちはどうなんだい」

 石矢君と言えば、仕事で月岡つきおか学園にいるか、私生活では坂木家にいるかのほぼ二択である。石矢君は、正直なところ、通い婚なのである。たまに、思い出したように、自分の妻の美しさを誇示する。その扱いは、家族というより、アイドルへのそれである。

「あれ?」

 養子に入って育てられた石矢家では焼肉をすることはあっても、その場には何故か妻子が伴わなかったらしい。何でだよ。

「だって、うちの姉たちが、あんな高貴な人々にお肉など食べさせられないと。家に招いた際には、稲庭うどんか三輪そうめんを出すことにしているんだ」

「ああ…」

 呉碧くれあおいならともかく、妹の紫織しおりでは少なくともスペアリブは似合わない。

「姉が持たせてくれるお土産も、例のまるごと焼き上げた鳥ということはなく、大体お菓子!」

「ああ、うん…。まあ、普通に、家では食べているんだろうけど…」

 精進料理しか、食べなさそうなイメージはあるけども。完全なる偏見である。

「石矢君が居ない時に、きっと手羽先の唐揚げ食べてると思うよ」

「しょうゆ味で美味しいもんね。まあ、でも、ポンドステーキは食べないよね」

 近くに米軍基地があるので、普通にレストランで食べられる。

「うん、それは無理そう」

「よし、肉を焼こう。山のお屋敷の庭で」

 石矢君は、かたく決意したのだった。



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りんごの木箱と焼肉 神逢坂鞠帆(かみをさか・まりほ) @kamiwosakamariho

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