毎日がパーティーだったらいいのに。
柚木呂高
毎日がパーティーだったらいいのに。
晴れた日に外でカホンを叩いていると、踊り始める人が居て、それでちょっとした人だかりになることがあるのだけれど、私はそういう景色が好きなので、得意な気分になる。昨日は若い男の二人組が、「オッ」って言って、レイブ慣れしてそうに踊り始めて、仲間を呼んでお酒を飲みながら、良い奇声を発していた。一週間前は犬と散歩していた主婦の方がダンスした。犬は華麗なステップで、主婦はくるくると回って、どちらかと言うと逆じゃないかな、と思いながら見ていたらお散歩仲間みたいな動物たちと飼い主が集まって小さなパーティーになった。だから私は自分の演奏が好きで、よく一人で叩いている。
今日は誰も足を止めないなと思いながら、空を見上げたら雲が洪水で沈みかけの島みたいに小さく一つ浮かんでいて、その白が真っ青の中で光って見えた。捲れたスカートがカホンの角を覆っている。こういうぼうとした日も悪くないな、と思っているとやせ細った小汚いお爺さんが一人こっちを見ていた。髪はあるけれどボサボサで白と黒が混ざっている。Tシャツは白だったのだろうけれど、黄ばんで斑になっていた。捨てられたのかな、と思ってカホンを叩き続けていると、お爺さんは口を開いた。
「你的鼓打得很棒,但你能跟上我吗?」
なんて言っているかわからない。中国語? 韓国語? 私はわからないから「OK~」と答えた。するとお爺さんは突然「ツッツッツッ」と金属のような音を口から出して、私のカホンのリズムに合わせてヒューマンビートボックスを披露し始めた。それは本当に見事な音で、まるで人間ではなくシンセサイザーのようだった。「この老人、KORG製か!?」と私は驚いた。老人の落ちくぼんだ目は、挑戦的に笑っており、私は初めて、音楽が殴り合いの様相を呈するのを感じた。負けていられない。そう思った私は、ビートを維持しながら先程までののんびりとした演奏を切り上げ、自分の持てるテクニックを総動員して叩き始めた。
「很好,越来越有趣了!」
ワブルベース!? まるでダブステップのような音までも使いこなす老人に、私の出すカホンの音のバリエーションは勝てない。ではどうするか、私の感情を込めた細やかな強弱に打によるコントラストを強調する。私のカホンはその振動で心を揺さぶる。すると、歩いていた人たちは何だ何だと足を止め、私達を取り巻き始めた。仕事帰りの男の人、学校の部活で顔にグラウンドの砂をつけてる女の子、買い物帰りのOL、疲れた顔をしたメガネをかけた浪人生の青年、その他にも色々な人々が集まってきて、バンド練習の帰りのギタリストが演奏を始め、肉屋のおじさんが昔使っていたウッドベースを引っ張り出してきた。代々木公園のジャンベ軍団も合流し、人だかりはサイファーとなり、今サラリーマンと女子高校生がMCバトルをしている。その人々の音、動きがグルーヴとなり、世界は音楽になった。ああ、こんな世界もあるんだ。自分がただ気持ち良いだけじゃなくて、人とぶつかることで発生する世界が存在している。
お爺さんは最後の一打を吐き出すと、全員の演奏が止まった。その間、猫も鳩も静止していた。時間の停止、そして人々は散り散りに帰っていく、全てが日常に溶け込んで行った。お爺さんは私に近づいてきてカタコトでこう言った。
「タマニハ人ト、ヤリンシャイ」
そして、何事もなかったかのように去っていくので、私は思わず大きな声を出した。
「お風呂入って、歯磨いて、服を洗濯したほうがいいですよ!」
日が私達の影を長く伸ばしていた。お爺さんが返事をしないので私はカホンをボンと鳴らした。
毎日がパーティーだったらいいのに。 柚木呂高 @yuzukiroko
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