✜48 5人の転校生【完結】


「おはよう」

「……」


 自分が教室に入った途端、騒がしかった教室が嘘のように静まり返る。まあ、慣れっこだから別にいいけど。


「創利……くん、おはよう」

「え……あ、おはよう」


 周囲に気を遣ってか、不安そうで怯えた声、昔とは別人のよう……。


 同級生の白名 古都しろな こと。彼女はこの4月から約1年ぶりにこの街へ帰ってきた。幼なじみで中学3年の初め頃に一度いじめが原因で転校したが、またこの街に戻ってきていた。


 この高校は、自分と白名古都のふたりが卒業した中学校の実に半分くらいの生徒が進学する学校なので、彼女は入学して早々いじめに遭っていたそうだ。


 だけど7月に通信系の学校から編入してきた自分がイジメを断ち切った。


 なぜだろう? 中学の頃はあんなに同級生達が怖かったのに今はまったく怖くない。というより、なんかどうでもいい存在に思える。


 クラスの連中は自分や古都にちょっかいを出してこないが、完全に敬遠されている。別に自分はなんの興味も湧かないが、彼女が傷ついていないかという点だけ少し気になる。


 なぜ自分がこんなに吹っ切れているのか。それは2か月半あまりに及ぶ失踪事件によるものだと考えられる。失踪当時は地元の新聞やテレビで報じられ、スーパーなどにも顔写真つきで捜索願いが出ていたほど、この街では有名人になってしまった。


 失踪中の記憶がなく、家の近所の公園でぼーっとしていたところを保護された。


 警察が何度も家に訊ねてきたが、記憶がないのは事実なので、何度も同じ受け答えをした。週に3回は県立総合病院へ通い、身体の検査やカウンセリングを受けていたが、数日前から警察や病院からいっさい連絡がこなくなった。


 今のままでいいのか、とは思う。クラスの連中から完全に無視されているわけではない。ふたりだけ浮いてしまっているが、今は彼女がいじめられているわけでもないので、これ以上どうする訳にもいかなかった。だけど、そんな閉塞感は朝のHRが始まると、粉々にぶっ壊れた。


「それでは転校生を紹介する」


 40代前半の教師が転校生を紹介する。語尾に「じゃ」をつける女の子と赤毛のハーフ。アルビノなのか白髪でゆるふわパーマの女の子。ドレッドヘアの口に棒付きキャンディをずっと咥えている外国人の女の子。小柄で色白な落ち着きのない女の子……っていうか多すぎん? こんなに一度に転校生がきたら、普通は他のクラスに分けられるよね?


 そして、なぜか5人とも自分のまわりを囲むように配席された。ちょっと先生、これはいったい?


 普通なら休み時間に転校生を取り巻いて、いろいろ会話しそうなものだが、HR直後の休み時間に事件が発生した。


「初めに言っておく、アタイがこのクラスのトップだ。文句があるヤツは前へ出ろ!」


 え……いったいなにが始まるの? 赤毛のハーフ……東条ヤコが、教室で大声をあげた。静まる教室。無理もない。みんな呆気に取られている。


「トップって、お前バカじゃね?」


 最初に口を開いたのは中学時代、メインで自分をイジメていた男子のひとり、続いて同じグループの連中も口を歪ませる。


「令和の時代にスケ番ってお前……ひぐぅっ!」


 あ……殴った。他の連中もまとめて。


「妾に逆らうと一人ひとり家を特定して、毒親ごと社会的に抹殺してやるのじゃ」

「ひぃ!」


 杠 桜ゆずりはさくら……親も同罪と言わんばかりに男子の文句に同調して笑みを浮かべた女子の頬を後ろから指で撫で上げた。


「弁当を食べて良いにゅか?」

「まだ1時限目も始まってないからダメですよ」

「じゃあ、おやつの唐揚げを食べとくにゅ」


 ドレッドヘアの外国人の女の子とアルビノの女の子は、プルポ・イリヤムと比嘉首里ひがしゅり。プルポはどこから取り出したのか、山盛りの唐揚げを取り出してバクバクと食べ始めた。


「体育ってまだ? ボク、うずうずしちゃうよ」


 ずっと縦に揺れて落ち着きのない女の子は早雲りるね。陸上部とかに入ったらまず活躍しそうなオーラを出している。


 授業が始まると、比嘉首里と杠桜が、教師を振り回すほど勉強ができるのがわかった。ちなみにあとの3人はこっそり何か食べていたり、豪快に寝ていたり、ずっとソワソワしていたりと、勉強はあまり得意ではなさそう。


 今日は授業が長く感じた。とにかく転校生5人の存在が強烈すぎるし、囲まれているし、なんだかひどく疲労感を感じた。


 ん……あれは古都、繁華街に向かって歩いている?


 放課後、校門から出て、歩道橋の上を歩いている白名古都が目に留まった。


 表情がいつもの怯えた様子がなく、どことなく別人に見えた。よせばいいのになぜか無性に気になって、彼女の後を尾けてしまった。


 いっさいの迷いもなく繁華街のなかを裏道も使いながら近道してどこかへ向かっている。人通りのないところもあるので振り返られたら一発でバレてしまうが、急いでいるみたいで、尾行している自分に気づかない。


 いきなり、先の方で空間が歪み、古都が吸い込まれるように消えた。思わずそこへ駆け寄ると自分も薄い膜に触れたあと、中へ入った。振り返ると、来た道の景色がモノクロになっている。


「バァァァァ!」


 なんの冗談? 建物を曲がった先で古都が、老婆の背中からカマキリの鎌みたいなものを生やした化け物と戦っていた。彼女の手には弓が握られ、距離を取りながら、矢を放っている。


あらた……どうしてここに……!? あぶない!」


 ぼーっと突っ立っていた自分へ化け物が気が付き、化け物の鎌が自分の首へと振るわれた。


 死ぬ?


 鈍い音がしたので目を開けると、近くに積んであったP箱に頭から突っ込んでいたが、首やら身体に痛みがいっさいなかった。


「ふむ、雑魚じゃな……妾は観戦するのじゃ」

「アラタ様、大丈夫ですか?」

「おし、その化け物はアタイがる!?」

「あとで、みんなでお好み焼きを食べに行くにゅ」

「足の速い子だったら、リルネが勝負するぅ!」


 え……5人の転校生。いったいなぜここへ?


「親御さんが悲しむと思ったのでの。一度この世界へ戻ってもらったのじゃ」


 杠 桜が、自分の横に立って、東条ヤコにボコボコにされている化け物に目を向けながら話しかけてきた。


「どうやらアラタの幼なじみも予想していた以上に違う問題を抱えているようじゃ」


 この世界って自分のこと? そして幼なじみって古都の話をしている? 


「ピコンも来ておる」


 杠 桜はそう話し、苦しまぎれにこちらへ突進してきた化け物に向けて手に持っている扇子をパッと開くと、バラバラに切断されて爆散して煙となって消えた。


 杠 桜から再転生は一時的なもので、上位天使に相談して、再転生ではなく時空間転移で往復できるよう措置してもらったと何やら難しい話している。


 しっかり両親と別れの時間を設けてもいいし、なんなら両親ごと自分が造った国……異世界へ移住してもいいと話す。


「どれ、幼なじみも誑かして、アラタの嫁を増やすのじゃ」


 嫁を増やす……。最後の言葉がいちばんよく理解できなかった。なんだか無性に右手がウズウズして、アイアンクローをしたくなる衝動を抑える。




 でも……。


 異世界、か。なんか面白そう!








   ─ fin ─

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ダンジョン島へようこそ! うっかりミスでクリエイティブモードのまま始まった異世界生活 あ・まん @47aman

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