おれ、お手柄
それからまた、何日も過ぎた。リクトはシゴトから帰ってくると、一人でテレビばかり見ているようだった。奴が家にいてくれると暖かいから、おれは嬉しいけれど。その横顔はどこか寂しそうに見えた。
リクトはちっとも遊んでくれなくなった。くそー。まったくダメな同居人め!
おれは仕方がないので、久しぶりにベッドの下の宝物を見に行った。すると、そこには赤色の小さな箱があった。そうそう、これ。忘れていた。面白いおもちゃだったっけ。おれがもらったんだ。
おれはそれを手の先で突っつく。相変わらず爪に引っかかって、あちこちに転がっていく面白いやつだ。
おれは夢中になって箱で遊ぶ。そのうち、赤色の箱は、コロコロコロと転がっていき、ベランダに通じる大きな窓ガラスの隙間から外に飛び出してしまった。
(やばい! 待て待て。どこに行く!)
おれは少しだけ開いている窓ガラスの隙間から、必死に腕を伸ばして箱を引き寄せようとしたが、それはうまくはいかない。むしろ、どんどん遠くに転がって行って。あっという間にベランダの隙間から落下していった。
「イタ! なにこれ?」
そんな声が下から聞こえる。おれはリクトを呼びに行くことにした。奴はソファに膝を抱えて座っていて、じっとしている。隣に行って「にゃ~お」と鳴いても、「はいはい」と言って、おれの頭を撫でるばっかりだ。違うって。撫でて欲しいんじゃないんだつーの。お前の赤色の箱がさ。外に―—。
すると、不意に来客を告げるチャイムが鳴った。サラが来なくなってから、滅多に鳴らないものだ。リクトはのろのろと立ち上がると、おれを抱っこしたまま玄関の扉を開けた。
すると、そこにはサラよりも、小さい茶色毛の人間のメスがいた。メスの手には、赤色の箱があった。
「あの。これ。上から落ちてきたんですけど。——あ、私。今日、下に引っ越してきた、ナカムラ タマオです。どうぞよろしくお願いします。って、わあああ! なにこの猫。無茶苦茶かわいいですね! えー。かわいいなあ」
タマオはおれの頭を急に撫でた。断りもなしに触るなど、まったく無礼な奴だ。けど、可愛いから許そう。なにも言わないリクトを見上げると、ヤツの目は、珍しくキラキラと輝きを取り戻していた。
おー。どうやらリクトはタマオに恋したらしい。いいじゃないか。お前、発情期だろう? メス、捕まえておけ。サラよりもいい子だ。リクトはもごもごと自分の名前をタマオに伝えた。彼女はにっこりと笑った。
「リクトさんですね? どうぞよろしくお願いしますー。私、失恋して一人暮らしになっちゃったんで、落ち込んでいたんです。猫ちゃんとお近づきになれたら、すっごく嬉しいな」
なんだ。タマオはおれ狙いか。リクト。悪いな。タマオはおれがいいってさ。
「それより。これ。指輪の箱ですよね? 大事なものなんじゃないかって思って」
「あ、そ、それは。——いらなくなったものなんです」
「そうですか? あ、もしかしてリクトさんも傷心ですか? お互いにギザギザハートじゃないですか。仲間ですね! 私はここから立ち直るんです。人間、どん底からが勝負ですから! お互いに上昇していけるように頑張りましょうね~! これからもよろしくお願いします」
タマオは赤色の箱をリクトに手渡すと頭を下げて帰っていった。なんてうるさいメスだ。けれど、リクトの頬っぺたは桃色に染まっていて、すっかりタマオにお熱みたいだった。だからさ。タマオはおれが好きなんだってば。おれ、手術されているけれど、これでもオスだからな。リクトのせいだぞ。おれのこと、こんなにしやがって。
急にご機嫌になったリクトはおれをぎゅうぎゅうと抱きしめる。
「ああ。お前のおかげだ。ありがとう! サビ。やっぱり、心の友はお前だけだぜ」
く、苦しいけれど。ま、いっか。おれがあの箱をベッドの下に隠しておいたから、いいことが巡ってきたんだろう? おれに、感謝してもらわないと。リクト、今日からおれの餌は1.5倍増しな! 頼んだぜ、同居人!
―了―
【KAC20243】おれとリクト 雪うさこ @yuki_usako
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