忘れてないから
丸山 令
謎かけ
「箱ってさ。例え中に何も入っていないのだとしても、そこに存在するだけで何となくワクワクするの、あれ、何でなんだろうな?」
上目遣いでこちらを覗き込んでくる美少女から、俺は視線を逸らした。
肩より少し長いサラサラの黒髪。
子どものときから黒目がちな、童顔の幼馴染み。
口調だけは何故か男前だが、鮎川あいりは今日も可愛い。
「マジレスすると、中に入って隠されている物を想像する時間が、楽しいからだろ?」
「まぁな。だが、ビニール袋や紙袋だと、あまりときめかないとは思わないか?」
「そうか?」
「例えば、何も入っていない紙袋を手渡されたとする。それをくれたのがどんな美少女でも、ゴミを渡されたと思うのでは?」
「それは、まぁ。確かに」
「だが、箱は違う。中に何も入っていなくても、それを渡された意図をあれこれ考えないか?」
「『空じゃないか!入れ忘れたな。このドジっ子め……』とかか?」
「三年も前のことは忘れてくれ。そうではなくて」
「例えば?」
「たとえば、そうだな。物では伝えきれない想い、とか? 或いは、これからその箱に、二人の思い出の写真をつめよう、とか。これから一生かけて、その箱一杯のプレゼントを贈る、とかな」
「段々、箱のサイズ、アップグレードしてるな?」
「大きな箱も小さな箱も、こう、想いがこもっている感じで、私は好きなのだ」
「そんなものか」
「そんなものだ」
堤防沿いの通学路を肩を並べて歩きながら、俺は夕日に染まるあいりの横顔を覗き見る。
まぁ、何が言いたいのかは、だいたい理解できた。
今日は卒業式で、受験中の俺たちが、春休みの間に会う約束はない。
「なら、その謎かけの回答は、これで合っているか?」
俺は鞄の中から、両手に収まるサイズの箱を取り出し、あいりに手渡した。
あいりは驚いたように目を見開く。
「ま、来週渡せないからな」
「何だ。太朗のくせに、覚えていたとは生意気だ」
「そうかよ」
俺たちは、ゆっくりと夕日の中を歩いた。
忘れてないから 丸山 令 @Raym
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