あなたには何が見えているの?
昼星石夢
第1話あなたには何が見えているの?
あ、テレビに映っちゃったかも。まあ、別にいいけど。
物々しい雰囲気に包まれた駅構内。駅員と警察官が行ったり来たりして、ついさっき、爆発物処理班まで出動してきた。それから、どこから嗅ぎつけてきたのか、マスコミの人まで。私の真横で、ヘルメットを被った美しい女性が、マイクを手に状況を説明している。
「特急列車内で見つかった、梱包された段ボールが金属探知機に反応した、ということで、ただ今到着した爆発物処理班の方々が列車内に入っていきました。辺りは張り詰めた空気に包まれています」
そうだろうか。少なくとも、貴女の横にいる私に緊張感はないが。
それを見つけたときも、係員に言われるまで気にもとめていなかった。
「お客様、そちらの荷物は、お客様のものでしょうか?」
係員は私の隣の、窓際の座席に置かれた段ボール箱を掌でしめし言った。
「いえ。違いますけど」
すぐに酔ってしまうので、高速で流れていく風景を見ないように、ちらと一瞥しただけだが、何の変哲もない箱にしか見えなかった。しかし係員はその箱がパンドラの箱であるかのように、アメリカ大統領が常に持ち歩くという、核のボタンが入った箱でも見るような眼で、じっと見つめて、何か決意したのか頷いて足早に去っていった。
そして次の駅で停まった列車は、私の本当に久しぶりの温泉旅行の予定を全く無視して動かなくなった。
「なに、なに。爆弾? 違うでしょ、どうせくだらない物よ」
「いや、わからないぞ。生物兵器かもしれない」
熟年夫婦の野次馬が後ろで話している。もし、細菌兵器とかだったら、箱の隣に座っていた私も、後ろの夫婦も、今日までの命かもしれない。
まあ、別にいいけど。
早く動かないかな、電車。
あ、そういえば思い出した。学生の頃、美術館でバイトしていたときのこと。
閉館時間だっていうのに、おじいさんが、ある作品の前で動かなくなって、早く帰ってくれないかな、って思ってた。私の視線に気づいたのか、おじいさんが、ニヤッと笑って、
「これ、中、何が入っているか、知ってる?」
って作品に指をさしながら聞いてきたんだった。
その作品は、学校の机に、口のあいた段ボール箱が無造作に一つ、置かれている、そんな私には訳の分からない現代アートだった。
「さあ」
「ここからじゃ、絶妙に見えないなあ」
おじいさんは柄にもなく、子供のようにつま先立ちをして覗こうとしていた。
後日、その展覧会が終わり、作品を倉庫に仕舞う手伝いをさせられているときに、あの箱を私が片付けたんだ。
中身は空だった。
「どうしてわからないかなあ、この怖さ、凄さが」
とっくに別れた元彼が、私に言ったことがある。
「シュレーディンガーの猫って知ってる?」
「聞いたことはあるけど」
汚い元彼の部屋で、必死の形相で聞いてくる彼に引きながら、しかし、間違ってカーペットの食べかすや、彼のカスに触れないよう気をつけながら相槌を打つ。
「そう、箱の中に猫と毒の入ったフラスコか何かを入れて、蓋を閉じる。そうすると、箱の中の猫は生きていると同時に死んでいる、ってあれだ。開けて見てみるまではわからない、見えないもの、わからないもの、知らないものは怖い、そうだろ?」
そうなのか? だとしても、関わらなければいいだけじゃないの? 知ろうとしなければ怖くない、でしょ?
「だからあえて、箱の中は映さないんだ。奥さんの首が入っていることが確実でもな!」
元彼は、興味を無くした私の様子に苛立って、デビッド・フィンチャー監督の有名な映画のDVDパッケージを指で叩き、そう吐き捨てた。
知らなかったことにすればいいのに。
そんなことを思ったんだっけ。
「え? 大量のぬいぐるみだった? 箱の中?」
私の隣に立っていた、マスコミの女性が同僚と遠隔で話しているらしい。イヤホンを押さえてそんなことを言っている。
どうやら解決したらしい。あの箱の中はぬいぐるみだったのか。電池でも入っていたのかな。まあ、どうでもいいけど。時間を返してほしい。
周りの野次馬たちも、後ろの熟年夫婦も、なあんだ、馬鹿らしい、と急速に興味を無くして帰っていく。
ふと、本当にふと、私の隣に置かれてあった、あの段ボール箱の中に、大量のぬいぐるみが入っているところを想像して、なぜ、そんなものがあったのだろう、と疑問に思った。
誰が、と――。
だが、すぐに思いなおした。
そんな得体の知れない誰かなんて知らない。
私自身が中身の知れないジェーン・ドゥでありたいから。
あなたには何が見えているの? 昼星石夢 @novelist00
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