水の空の物語 番外編 先輩の甘いいたずら

近江結衣

貴人は今日も、ひろあをかわいがる

「これ、あたしに?」


 暖かな陽射しが差し込む放課後の教室。


 ひろあは机の上に置かれた小箱を見つめた。

 白い花模様の包装紙に、薄桃色のリボンがかけられている。


「うん、ひろあにプレゼントだよ」


 大好きな貴人たかとは優しい瞳でささやく。


 二つ上の先輩で、大人びた貴人。寄りかかって甘えたくなる雰囲気を持っている。


 サプライズのプレゼント?


 すごく、うれしい……。


 ひろあの頬は染まる。誕生日でも記念日でもない普通の日に、そっとプレゼントを置く貴人。


 先輩らしい、余裕のある仕草で。元々美形なのがもっときれいになった。


 甘い幸せが広がった。


「開けていい?」


 リボンに手をかけたひろあは、ぴたっとその手を止めた。


 貴人の目は、期待で輝いていたからだ。

 彼がこんな目をするのは、ひろあを『かわいいかわいい』できると期待しているときだ。


 甘い空気がだんだんと消えていった。


「貴ちゃん、あたしにかわいいかわいいしようとしてない?」


「……してないよ」


 貴人は一瞬、目を泳がせる。


 ……貴ちゃんはうそをついている。ひろあは確信した。


 じゃあ、この箱はアレだ。絶対、ひろあが大嫌いな怖い物だ。


 貴人は箱でひろあを怖がらせたい。ひろあの、悲惨な姿が見たい。

 彼はひろあが怖がる姿を、かわいいかわいいと喜ぶのだ。


「後で開けようかな……」

「え……」


 貴人は傷ついた目をする。


 これも、きっといつもの芝居だ。


「どうして? もしかして気に入らなかった?」

「貴ちゃん、あたしを脅かそうとしてない?」


「こんな大事な日にそんなことしないよ」

「大事な日?」


「うん。つき合ってると、知らない間に相手を傷つけることがあるからね。その分、予想してない幸せをあげなきゃって思ったんだよ」


 ……本当だろうか?


「ねえ、それ、本当?」

「本当だよ」


「あたしを騙そうとしてない?」


「どうして? 俺がひろあを騙したことある?」


 ……いつも騙して、怖がらせているくせに。


 ひろあは深呼吸した。


 更にひと呼吸ふた呼吸して、箱のリボンを解く。


 ふたを開けると、なにかが飛び出してきた。バネ仕掛けの幽霊の人形だ。一緒に紙細工の火の玉が入っていた。


 火の玉はひろあに降り注いだ。


 ひろあは校舎中に響き渡るような大悲鳴をあげた。






 暖かな陽射しが教室内に差し込む。

 その陽射しを受けて、貴人は微笑む。


 優雅な仕草で、かわいいかわいいと、ひろあの頭を撫でた。ひろあのツインテールが崩れないように、器用に撫でる。


「そんなに怖がって、なにがあったの? だいじょうぶだよ、俺が護ってあげるからね」


 ……もう、別れようかな。


 かわいいかわいいと、貴人はひろあの頭を撫でる。


 そのうちに、ひろあの心は甘く染まった。


「怖かったよー、貴ちゃん」

「だいじょうぶ? つらかったね」


「助けてくれる? 慰めてー」


 貴人はひろあの好きなお菓子を机に並べた。


 結局、こうなる。

 どうして、貴ちゃんとの時間は甘くなるんだろう。


 思いながら、ひろあは貴人にもたれた。




                  終わり




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