育ての親より産みの親

丸子稔

第1話 箱の中身はまさかの……

 大工の後藤雄一は仕事が終わった後、自転車で帰路に就いている途中、空き地になっている場所にダンボール箱が置かれているのを見つける。


(なんであんな所にダンボールがあるんだ? もしかしたら子犬か子猫が捨てられてるのかも)


 雄一はそんなことを思いながら近づいてみると、ガムテープで閉じられているダンボール中から物音が聞こえてきた。


 雄一はすぐにガムテープを剥がし、中を覗くと、そこには子犬……ではなく、産後間もない赤ん坊がいて、その横には『誰かこの子を拾ってください』という紙切れが添えられていた。


「何が拾ってくださいだ! この子の親は自分の子供を何だと思ってやがる!」


 雄一は赤ん坊を自転車のかごに乗せ、そのままアパートまで帰った。


「さて、連れて帰ったはいいが、どうしたもんか。とりあえずミルクを飲ませた方がいいのかな」


 雄一は激しく泣いている赤ん坊を布団に寝かせ、ミルクと哺乳瓶を買いにコンビニへ急いだ。


「すみません、ミルクと哺乳瓶って、どこにありますか? あっ、あとオムツも」


「それなら、あちらにありますよ」


 雄一はそれらと赤ん坊に関する本を数冊買って、すぐにアパートへ戻った。



「オギャー! オギャー!」


 赤ん坊は先程にも増して、凄い勢いで泣いている。


「すぐにミルク飲ませてやるから、もう少し我慢してくれ」


 雄一は本を見ながら粉ミルクを溶かし、それを冷水で人肌まで冷ました後、哺乳瓶に移した。


「よし、できたぞ。今から飲ませてやるからな」


 雄一は左手で赤ん坊を抱え、哺乳瓶を45度くらいの角度で持つと、赤ん坊は哺乳瓶の乳首をくわえ、ごくごくと音を立てながら飲み始めた。


 程なくして赤ん坊がミルクを全部飲み干すと、雄一は赤ん坊を縦抱きにして、背中を手の平でトントンしながらゲップを出させた。


「よし、これで後はオムツを替えればいいだけだな」


 雄一は本を頼りにオムツを脱がすと、ぎこちない手つきながら、なんとか新しいオムツを履かせることができた。


 その後雄一は、ミルクとオムツ交換のために夜中に起きて赤ん坊の世話をした。



 翌朝、雄一は寝不足の体を引きずりながら、赤ん坊を連れて託児所を訪れた。


「すみません。仕事に行っている間、この子を預かってもらえませんか?」


「はい。ではお名前と住所、電話番号、あと赤ちゃんのお名前を書いてもらえますか?」


「えっと、赤ん坊の名前は分からないんですけど」


「まだ決められていないのですか?」


「そういうわけではないのですが……じゃあ、雄太でお願いします」


「何か事情があるようですね。分かりました。では時間までに、雄太君を引き取りに来てください」


「はい。じゃあ、お願いします」


 職員があまり追及してこなかったことに、雄一は一安心し、そのまま職場へ向かった。


 

 そんな生活が二週間続いたある日、仕事中の雄一に託児所から電話があった。


「雄太君のご両親が見つかりました。ついては後藤さんに感謝の言葉を述べたいとおっしゃられているのですが、いかがいたしましょうか?」


「えっ! それはどういうことですか?」


「先ほど警察の方が来られて、身元不明の赤ん坊を預かっていないかと言われましてね。それで雄太君のことを話したら、ご両親がお見えになって、私たちの子供に間違いないとおっしゃられたんです」


「……なぜ雄太のことを話したんですか?」


「後藤さんが最初ここへお見えになった時、様子がおかしかったので、雄太君のことはずっと気に留めていたんです」


「そういうことですか。分かりました。じゃあ、今から行くので、ご両親にそう伝えてください」


「承知しました」


 後藤は棟梁に事情を話し、自転車を懸命に漕ぎながら託児所へ駆けつけた。



 やがて託児所に着くと、まだ二十歳前後と思われる男女が、雄太と共に待合室にいた。


「後藤です。あんたらがこの子の両親ですか?」


「はい。僕、中本聡介といいます。こっちは妻の由紀です」


「自分らが勝手に捨てといて、今更引き取るというのは、随分虫のいい話だと思わないか?」


「……すみません。それを言われると、こちらとしては何も返すことはできません」


 神妙な顔でそう言う男に対し、女の方は不貞腐れたような顔を後藤に向ける。


「ふん。こっちの事情も知らないくせに、偉そうに説教しないでくれる」


「なんだと? じゃあ、その事情とやらを説明してみろ」


「わたしは産みたくなかったのよ。わたしたちまだ未成年だし、結婚もしていないからね。なのにこいつが、どうしても産んでくれって言うから産んだけど、結局生活に行き詰まって、このざまよ」


 開き直りともとれる女の言動に、後藤は怒りの目を向ける。


「お前なんかに母親の資格はねえ! この子は俺が育てる!」


 後藤はベッドで寝ている赤ん坊を抱え上げる。


「二週間前、ダンボールの中にこの子がいるのを見つけた時、俺は自分のことを思い出して、たまらず家に連れ帰ったんだ」


「どういう事よ」


「俺も二十五年前に捨てられたんだよ。ダンボールの中に入れられてな。もちろん、その時の記憶があるわけじゃないが、後で施設に入った時に、そこの職員から知らされたんだ。そのことは学校にも伝わって、俺はそれ以来ずっと『箱人間』とか『箱から生まれた男』とか言われて、ずっといじめられてきたんだ。だから頼むよ。この子には、そんな辛い思いをさせないでくれよ。こんな思いをするのは俺だけ……俺だけでいいんだ」


 涙ながらに後藤が訴えると、寝ていた赤ん坊が不意に目を覚まし、まるで抱っこしてくれと言わんばかりに、母親に向かって両手を伸ばした。


「残念ながら、この子は俺よりあんたを選んだようだ。ほら、抱いてやれよ」


「わたしに母親の資格なんて……」


「この子はあんたが母親だと、本能で分かってるんだよ。だから抱いてやれ」


 後藤は半ば強引に預けると、赤ん坊は母親の腕の中で飛び切りの笑顔を見せた。


「……本当は、わたしだって、この子のことがどんなに心配だったか。ごめんね、正樹」


 母親は大粒の涙を流しながら、何度も赤ん坊に謝っていた。


「後藤さん。この二週間、子供を預かってもらい、本当にありがとうございました。この謝礼は必ず致しますので」


 頭を下げながら言う父親に、後藤は手を横に振ってみせた。


「そんなことするお金があったら、子供のために使ってくれ。じゃあな」


 後藤は去り際に、ふと赤ん坊に目を向けると、母親の腕の中で安心したのか、さっきまで笑っていたはずなのに、早くもスヤスヤと寝息を立てていた。


  了


 



 


 








 


 





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育ての親より産みの親 丸子稔 @kyuukomu

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