理系の住宅の内見

ゴローさん

理系の住宅の内見

 「本日はお越しいただいてありがとうございます。担当の吉村です。」

「どうも」


 4月から新社会人として、この街で働くことになっている僕は、住宅の内見に来ていた。

 担当と名乗る人は真面目そうな大学生のような出で立ちだ。


「それでは早速ご案内いたしますね。」

 新人なのだろうか。

 語尾が少し震えている。


 自分も大学を卒業したばかりだからその気持ちはわかる。

 相手がb自分より年下ということもあってか、見守るようにその様子を見ていた。


「まず、このドアを開けていただいて…」

 うんうん。今のところ良いよ。


「ご自身の身体をπ/2回転させたときに見えるのがユニットバス、-π/2回転させたときに見えるのがキッチンになります。そして、」

「いやいやいや、え、ちょっと待って⁉」

「はい?どうかなさいましたか?あ、すみません、正の方向にπ/2回転ってことですよ。正の方向っていうのは反時計回りのことで、」

「あ、いや、そういうことじゃないです。もっとわかりやすく言っていただいてもいいですか?」

「あー、じゃあ言い方を変えます。電力が向いている方向に対して磁力が向いている方向に……」

「フレミングの左手ね!だから、なんでそんなに理系っぽく言ってくるんですか⁉わかりにくいんですけど!普通に左にって言ってくれませんか?」

「あぁ、すいません。僕の癖でして」

 その子はぎこちなく笑った。


 気味の悪さを覚えた私は、その場で断ることにする。

 すみません、やっぱり今回の話はなしということで……


 そう私が言うと、彼の顔色が変わった。


「そこをどうにかしてくれませんか?どうしてもここを売りたいんです!」

「えぇ……」

 あまりにも変わる言葉の勢いに戸惑う私。


 そんな私に彼は仕方なさそうに言った。

「僕、苦学生で、去年まで住んでたこの家を売らないと生活できないんですよ。」

「はい」

「でも、この世界、お客さんの目に止まらないとそもそも打ってすらもらえないので、だから、他とは違うことをしないとなと思って。」

「なるほど……」


「すいません私の勝手で今回の話はなしということで」

「わかった。買うよ」

「え?」

「良いから買うよ」

「本当ですか?ありがとうございます!」

 そう言って笑った彼の笑顔はどんな計算を持ってしても作れない、幸せそうなものだった。

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理系の住宅の内見 ゴローさん @unberagorou

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