一緒になろうよ。
櫻葉月咲
そう伝えるのは起きた後で
「では、こちらの部屋ですべてです。あとは細かいことになるんですが──」
そう広くない部屋に男の声が静かに響く。
今、
今日は待ちに待った物件の内見の日で、朝から内見に行くのを楽しみにしていた。
正直、手応えはすこぶる良い。
玄関を開けるとクリーム色の優しい壁が見え、扉一枚挟んだ向こう側は広いリビング。
朝日を目いっぱい浴びられそうな窓からは、東京の街が見渡せる。
夜になるときっと綺麗だろう景観に想いを馳せ、敦生はある人物の顔を浮かべた。
(あいつも来てくれたら良かったんだけど)
本当ならば敦生の隣りに立つはずだった人間──
今頃忙しくしているであろう『恋人』になんとメッセージを送ろうか、物件の説明を受けているのに知らず意識が携帯に向いていた。
「……以上です。何か質問はございますか?」
タイミングよく説明は終わりだという声に、敦生はがらりと思考を切り替える。
「あ、えっと」
にこりと愛想のいい笑みを向ける販売員は、敦生の返答をじっと待っていた。
きょろきょろと意味もなく視線を右往左往させる。
穏やかな時を刻めそうなティストのリビングは、本来であれば男一人で十分過ぎるほどだ。
リビング全体を見渡せるカウンターキッチンには、最新式のIH式というのは勿論のこと、家電も備え付けられていて収納も十二分にある。
料理が好きな優輝が見れば、弾けんばかりの笑顔を浮かべてくれることだろう。
リビングを挟んだ両開きの扉の向こう側にはベッドがあり、大人二人が余裕で寝られそうなほどだ。
クローゼットも完備されており、これはお洒落に人一倍気を使う敦生にとっても嬉しい。
バストイレ別で洗面所は殺風景だが、それはこれからアレンジしていけばいいだろう。
一定の距離で全体を俯瞰しつつ、敦生はゆっくりと口を開いた。
「ありがとうございます。……また来ます」
それはほとんど決まったも同然で、販売員の男は「お待ちしております」と優しげな声で言った。
◆◆◆
『内見はどうだった?』
その日の夜、優輝からメッセージが届いた。
敦生はバラエティ番組を見ながらビール片手に晩酌をしていたが、それもどうでもよくなる。
『行ってきた。すっげぇ綺麗なとこ! きっと気に入るよ』
親指を立てた犬のスタンプを送ると、すぐさま既読が付いた。
『まだ見に行ってないんだけど』
それもそうか、と敦生は己の向こう見ずな性格を恥じる。
しかしこれは優輝にだけで、普段は真面目一辺倒な方だと思う。
『ごめん、早く一緒に住みたくて』
土下座の顔文字を付けて送ると、今度は少し間を置いて返信が来る。
『いつも敦生はせっかちだね』
『嫌?』
さすがに焦り過ぎたか、という不安が首をもたげる。
続けて何か送ろうとした時、ポンと子気味いい音が響いた。
『可愛くていいと思うよ』
「……どんな顔で打ってんだよ、これ」
こういう言葉を顔を合わせた時は勿論、こうした文章一つとっても恥ずかしげもなく言うのだから、心臓がいくつあっても足りない。
するとチャイムの音が聞こえ、敦生はパタパタと玄関に向かう。
誰が来たのかは言わずとも分かりきっていた。
念の為に施錠していた鍵を開けると、自分より少し背の高い男が立っていた。
「ただいま」
にこりと微笑んだ男──優輝は、敦生の姿を見るとそっと額に口付ける。
「ちょ、止めろよ、こんなとこで」
慌てて優輝を玄関に迎え入れ、敦生は後ろ手にドアを閉める。
「こんなとこじゃなければいいんだ?」
「……お前なぁ」
さも楽しげに笑う優輝は敦生の恋人だ。
自分のような人間に恋人、それも同性と付き合うなど最初こそ敦生は信じられなかった。
会社の同期としては五年、今日は付き合って二年になる。
いつもは何もしないのにこんな日に限ってキスをしたり、にこにこと笑顔が絶えないのだから空恐ろしくも感じる。
「内見行って来たんだよね。教えてよ」
「教える、教えるから尻揉むの止めません?」
さわさわと自分以外の体温を感じる下半身に意識を取られそうになりながら、敦生はリビングに向かう──前にベッドに連行される。
「おい、こっちじゃねぇだろ!?」
「え、なんのこと」
「とぼけるな!」
しかし敦生の抗議も虚しく、すぐさま視界が反転する。
「──君の代わりに仕事を頑張ってきた彼氏に、ご褒美くらい頂戴?」
くすりと優輝は口角を上げるとスーツのジャケットを脱ぎ、ネクタイをくつろげる。
そのさまはいつになく妖艶で、どくりと心臓が一際大きく跳ね上がった。
(あー……クソ)
こうなった時の優輝は長い。
内見の話をするのは明日の朝になりそうだな、と思いながら敦生は瞼を下げた。
一緒になろうよ。 櫻葉月咲 @takaryou
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