事故物件で夢のような同棲を

セツナ

『事故物件で夢のような同棲を』

 世の人たちは、なんであんなに『事故物件』を怖がるのだろう。

 ただ、そこで人が死んだ。ただそれだけじゃないか。

 そんな事を言ったら、日本の各地で人が死んでない場所を探す方が難しいのに、と俺は思うんだ。

 だから人が死んだ家ってだけで家賃が下がるなら、いくらでも住んでやろうって思うんだよね。

 そんな訳で俺、稲川アツシは新社会人になって一発目の新居探しの際に、安くなってる事故物件を中心に探していた。

 いざ色々見てみると、事故物件ってのは大々的に特集が組まれてる訳でも無ければ、不動産屋も極力隠したがるもので情報サイトでは中々たどり着くことが出来なかった。

 けれど、ようやく一軒の事故物件への内見に成功した俺は、不動産屋の車を降りて、そのアパートの前に立った。

 不動産屋はあからさまに気乗りしない様子で鍵を取り出し開けると、ビビった様子で扉を開けた。

 中を見た俺は驚いた。

 だって驚く程、綺麗で新しい部屋だったんだから。

 この立地、この広さ綺麗さで、1万5千円はあまりに破格すぎる。

 それだけで俺のテンションはバカ上がりだったが、部屋には更に驚く事があった。

 入った部屋の片隅に、白いワンピースの女の人が体育座りをしていたのだ。

 その子が驚く程かわいい。綺麗系にも見えるし、可愛い系にも見える、そして何よりその清楚な見た目。

 こんなの、嫌いな男なんて居ないだろ! ってくらい魅力的な女の子が、部屋の隅でちょこんと体育座りしてたんだ。

 キュート過ぎる!

 彼女の姿を見た瞬間、俺は連れてきていた不動産屋に「ここにします!」と即決で告げた。

 それに不動産屋は「大丈夫なんですか!?」と驚いた顔をしていたが、俺の心はもう決まっていた。

 不動産屋と共に驚いて目を丸くしている少女を見つめながら、大きく頷いたのだ。


「ここに住みたいんです!」


***


 いざ住んでみると、ここはやはり天国だった。

 築年数が浅い住居と言うのは、やはり気持ちがよく快適だ。

 それに何より、彼女がいる。

 彼女は最初に座り込んでいた隅っこがお気に入りなようで、そこから中々動かない。

 俺は家具を搬入する時も、なるべく彼女の邪魔にならないように動いて、彼女のプライベートスペースには物を置かないように心がけた。

 彼女は何かこちらに話しかけるような事はして来なかったが、時折こちらをじっと見つめてくる。

 それにニコっと笑いかけると、慌てた様子で目を逸らしてしまう。

 そんなところも堪らなく可愛いんだぁ。


***


 新居に住み始めて3ヶ月が経った日の夜。

 仕事から帰宅し、部屋のソファでくつろいでいた俺に、あろう事か彼女が話しかけてきた。

 ソファの肘置きを枕がわりにしている、その頭上に立って開口一番に言った言葉は


「あなたって変わってますね」


 と言う、理解不能なものに対する感想だった。

 対して俺は、ようやく歩み寄ってくれた彼女に両手を広げ「待ってたよー!」と抱きつこうとする。

 が、その両手は見事にかわされ、両腕は空を切る。


「あなたは私が怖くないんですか!?」


 不思議がると言うよりは、むしろ怒ってるようにすら聞こえる、彼女の言葉に俺は「なんで?」と、キョトンとしてしまう。


「こんなに可愛い子を何で怖がらなきゃいけないの?」


 俺が当然の事を伝えると、彼女は口をパクパクさせながら顔を赤くしていった。

 そして、意を決したように一瞬言葉を溜めてから、震える声で言う。


「わ、私……幽霊なんですよ?」

「知ってるよ」

「知ってたんですか!?」


 あまりに驚いたのだろうか、幽霊とは思えない速度で突っ込んでくる。


「絶対気づいてない、鈍感な人だと思ってたのに……」


 衝撃のあまり1人でボソボソ喋っている。「むしろ、その方が良かったまである……」と言った声はもはや呪文のようだった。

 いいね、それは幽霊っぽい。


 しばらく幽霊タイムを謳歌した後、彼女は「いいんですか」と俺に言った。


「幽霊って事は、呪えちゃうかも、って事ですよ?」


 脅かすような言葉に、俺は肩をすくめて「君に呪い殺されるなら本望だよ」と言った。

 それでも、しばらく黙ってどうしたものか、と考えを巡らせているような彼女に、俺はやれやれ、と息を吐いた。


「そんなに俺の愛が信じられない?」

「いや、そう言うことを言ってるんじゃなくてですね」


 反論しようとする彼女だったが、それを押し切る形で俺は語り始める。


「まず、初めに君が超絶可愛い美人さんって事は外せないだろ? しかもその上、挙動が可愛い。最高。初めて俺がこの部屋に泊まった時、君は俺の顔をひとしきり覗き込んだ後、立ち上がる時にこけただろ。あれは本当にキュートだった」


「ち、違います、あれは――」


「寝てる時に時々足を触ってるのも知ってるんだ。やっぱり幽霊って実体をもった足が珍しいの? そんなに触りたいならいつでもどこでも触らせてあげるのに」


「変な事言わないで――」


「俺の事を追い出そうとして必死に睨みつけてきたりしたのも可愛かったなぁ。頑張って怖い顔しよう、って思ってそうなのが余計可愛い。怖い顔してる君も好きだよ」


「っ、もうやめてください!」


 マシンガンのように好きな気持ちをぶつけられまくったからか、彼女は疲弊したように深く深呼吸をしていた。

 よほど恥ずかしかったのだろうか、両手を頬に当てて体温を下げようとしている。幽霊なのに。

 そんな仕草が堪らなく可愛くて見惚れていると、彼女は両頬に手を置いたまま、じっとこちらを見てきて言った。


「本当にあなたは、しょうがないですね……」


 どうやら俺の愛の前に遂に折れてくれたらしい。


「でも、私は幽霊ですよ。あなたとの子どもは産めません」


 しかし、そう言って目を伏せる仕草は悲しげだ。

 彼女の言葉に思いを馳せる。子ども、子どもかぁ……。


「んーそうか、君との子どもを見れないのは確かに残念だなぁ」


 彼女と俺の子どもを想像してふう、と息を吐く。男の子も女の子も絶対可愛い。


「でも、それでも俺と一緒には居てくれるんでしょ?」


 子どもが産めなくてもいいのか、というのはつまりそう言う事だ。

 幽霊と子を成せなくても一緒に居てくれるのか、と。

 つまり一緒に居てくれようという気持ちはあるって事だ。


「まぁ……そう、ですね」


 彼女は恥ずかしそうに目を背けた後、呟くようにして言った。


「そこまで言うなら、あなたが死ぬまで一緒に居てあげますよ」


 そう言った、彼女の顔は幽霊なのにほんのり赤く染まっていて、言い終わった後でチラリとこちらを盗み見てくる。

 思わず抱きしめてしまいそうだったが、いきなり抱き着いて彼女が霧散してしまっては悲しすぎる。


「それは光栄だ」


 俺が死ぬまで、一緒に居てくれるという彼女の言葉の重みを噛みしめながら、彼女の左手へそっと手を伸ばす。

 彼女は俺の手にその手を重ねてくれたので、それを俺の唇まで持って来て、その細い指に軽く口づけをした。


「愛してるよ」

「いつまで続きますかね」

「俺が死ぬまでさ」


 なんて軽口を叩いた後、俺は彼女をそっと抱きしめた。

 あまりに軽い感触だが、たしかにそこに居るのだと分かる。


 これまでも夢のような同棲生活だったが、これからはもっと幸せなものになるだろう。

 どこからともなく吹いてきた夜風が、俺たちの頬を撫でた。


-END-



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事故物件で夢のような同棲を セツナ @setuna30

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