内見バイト

海野夏

✳︎

金欠で、明日は友達の弁当をもらうかと思っていた矢先に見つけた『内見バイト』。依頼主の代わりに物件を見に行くだけで報酬がもらえる簡単な仕事。そんな上手い話があるものか、と思ったが背に腹は変えられない。生きる為には金がいる。


「今度住もうと思っているんだけど、先に見てきてほしいんだ。くれぐれも全ての部屋と家具を確認するように」


依頼主が念押しした意味が、今ならよく分かる。

ここは「魔女の家」。近所の人からそう噂されているという。魔女というのは比喩、ではない。


戸棚を開けると飛び出す巨大ガエルの幻影。部屋ごとに落とし穴があったり、燃え移らない火のカーテンに襲われたり。甘い匂いが充満した部屋では可愛い女の子の幻に誘われて我を忘れそうになった。鏡の中に見知らぬ婆さんの姿を見ていなければ今頃よろしくやっていたことだろう。

依頼主が来たがらなかった理由はこれだったのかと、今はキッチンで休憩しているところだ。ヒッヒッヒッ……と時折テンプレチックな魔女の笑い声が小さく聞こえる。


「あとはサンルームか」


重い腰を上げる。ここまで脅かされることはあったが、命の危険はなかった。多分、魔女は侵入者に対して悪戯程度の罠を仕掛けたのだろう。


サンルームはキッチンの裏口から出たところにあった。昼下がりの陽光が反射して、屋根のステンドグラスがきらきら光る。

ガラスの扉は手で触れるとゆっくりと一人でに開いた。

足を踏み入れると柔らかな風が吹いた。これまで幾つもの罠にかかったせいで何が起こるのかと身構えたが、それ以外何もなかった。


『おかえり』


老女の声が聞こえて、見ればガラステーブルに湯気の立つお茶が置かれていた。何となく、魔女が待つ人が誰なのか察した。



戻って依頼主にあの家のことを報告すると、「やっぱりか」と笑った。


「そっか、ばあちゃんいたか」


懐かしむような、惜しむような笑みを浮かべた依頼主は、「お疲れ様」と報酬に色をつけてくれた。

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内見バイト 海野夏 @penguin_blue

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