丘の上のログハウス

みどり

ブラウニーの住むログハウス

休暇を貰ったガンツは、シルビアと共に新しい住まいを探すために住宅の内見をしていた。


今住んでいる屋敷は、シルビアと結婚する為ガンツがお金を貯めて購入したものだ。そこそこ豪華だが元王女が住むには狭い。


シルビアの望む家を買いたい。その為にガンツはお金を貯めていた。ドラゴンの件で特別賞与が出て、目標額が貯まったので休暇をもぎ取りシルビアと部屋探しをしていたが、どんなに豪華な家に連れて行ってもシルビアは下を向いている。


やはり元王女のシルビアを満足させるには足りないか……落胆していたガンツに不動産屋が声をかけた。


「近くにもう一件物件があります。小さな家なのですが精霊が住んでいるのですよ。息抜きに少し寄りませんか?」


「小さな家か……」


探しているのはシルビアが望む豪華な家なので断ろうとしたガンツだが、隣にいる妻が行きたいと言い出した。


「行きたいですわ!」


「え?」


「シルビア様もお疲れでしょう。最後の物件を見る前に、少し息抜きなさいませんか? とても景色の良い場所にありますので。ほら、あの丘の上にある小さなログハウスです」


案内された家を見てシルビアの顔が明るく輝いた。


「素敵! ガンツ様! ここ、ここが良いですわ!」


「確かに可愛らしい家だが……以前の家よりかなり狭いぞ」


「狭い方が良いですわ。お庭は広そうですし問題ありません」


「この丘の土地も全て含まれています。今まで見てきた物件に比べると価格はかなりお手頃ですよ。内見なさいますか?」


「ぜひ! ガンツ様、よろしいでしょうか?」


「ああ、もちろん」


シルビアが決定権を持つと察知した不動産屋は、すぐにログハウスを案内し始めた。


「こちらの家は、見た目は小さい家なのですが多くの工夫が施されているのです。備え付けのクローゼットは魔道具になっておりますので多くの荷物が入ります。それから、この家は掃除がいりません。ブラウニーが住んでいるのです」


「まあ、本当だわ! こんにちはブラウニーさん」


ブラウニーは家事好きな精霊で、家の掃除をしてくれる。家主が気に入れば料理もしてくれる。ブラウニーがいる家は、掃除要らずだ。


「こんにちは。可愛いお姫様」


「あ、ワイバーン殺しもいる」


「ワタシ達、やられる?」


「きゃー! 怖い!」


ガンツを見て騒ぎ出すブラウニー。言葉が通じるのはシルビアだけだが、表情の変わったシルビアの異常を感じ取ったガンツは慌ててシルビアの腰を抱いた。


「シルビア、この家が気に入ったのか?」


「……ガンツ様……」


うっとりと自分を眺めるシルビアに萌えながら、ホッと胸を撫で下ろすガンツは、シルビアの怒りがおさまったと思っている。


もしガンツがブラウニーと話せればシルビアを抱きしめて愛を囁くくらいしただろうが、あいにくガンツはブラウニーの言葉が分からなかった。


精霊と話せるのは、魔力の高い魔法使いだけ。


ガンツは魔法が苦手なので、ブラウニーがぼんやり見えるだけ。不動産屋はブラウニーの姿がはっきり見えるが、言葉は全く分からない。


しかしシルビアは、ブラウニーの姿がはっきり見えるし言葉も分かる。


夫を侮辱したブラウニーを許すつもりはなかった。


「このお家が良いですわ!」


「そうか。シルビアが気に入ったなら構わないのだが……マリアが暮らすスペースがないぞ。予算はかなり余るし、もう一件建てるか?」


「心配無用ですわ! マリアはもうすぐ辞めるのです。旦那様と一緒に隣国に移住するんですって」


「ああ、そういえば1年以内に辞めたいと言っていたな。新しい使用人を探さないと……」


「要りません! お父様が暮らしに慣れるまでは誰かを連れて行けと言うのでマリアを雇っていましたけど、料理も掃除も洗濯もできますわ! マリアに教えてもらいましたの」


「いつの間に……し、しかし家事は手が荒れるだろう!」


「荒れても構いません。わたくし、もう王女ではありませんもの」


「使用人を雇う稼ぎくらいはある! ひとりで足りないなら、何人か雇うくらいできるぞ!」


「ガンツ様とふたりきりで過ごしたいのです。家事が心配なら魔法を使いますわ」


「魔法……?」


「ええ、見て下さいまし」


シルビアが魔法を使うと、風が舞いゴミが集められた。


「洗濯もできますわ。もちろん火も使えます。お料理も完璧ですわ」


シルビアは上着を脱ぐと、結界の中に水を貯めて風魔法で攪拌し始めた。脱水も乾燥も魔法で行い、あっという間に洗濯が完了した。


「こんな魔法の使い方があるなんて……!」


シルビアの魔法はすぐに噂になり、人々に広がっていった。数年後、生活魔法と呼ばれる魔法が誕生した瞬間だった。


「凄いな。さすがシルビアだ」


「ありがとうございますガンツ様! わたくし、このお家が良いですわ! 掃除もわたくしがします! ブラウニーなんていりません!」


「シルビア……まさか……ブラウニーはなんと言っていたんだ?」


「ガンツ様を侮辱したのです! ワイバーンを倒したガンツ様が精霊に危害を加えると思っているのですわ! 許せません!」


「そういうことか。ワイバーンを倒したのは事実だから怒ることはないぞ」


騎士になる前のガンツは、高ランクの冒険者だった。定職に就いている方が王女の相手に相応しいだろうと考えたガンツはシルビアに一目惚れしてすぐ試験を受けて騎士になったのだ。


「ガンツ様は世界一優しいのです! 精霊に危害を加えたりしませんわ!」


「そうなの?」


シルビアの剣幕に怯えていたブラウニーが声をかけてきた。今まで聞こえなかった精霊の声が聞こえて、ガンツはとても驚いた。


しかし、シルビアにみっともない姿を見せたくなくて平静を装う。


「……ん? 声が聞こえるな」


「ワイバーン殺し、ワタシ達の声が聞こえるの?」


ガンツは冷静になると、シルビアに触れた時だけブラウニーの声が聞こえると理解した。


「ブラウニーか。聞こえるぞ。シルビアに触れていると、君達の姿がよく見える。私の名前はガンツだ。妻がこの家を気に入ったのでここに住もうと思う。良いか?」


「ワタシ達の意見、聞いてくれたヒト初めて」


「ガンツ、イイヒト」


「イイよ。お料理もお掃除もしてあげる!」


「ダメ! ダメですの! わたくしがやりますわ!」


「彼女はシルビア。俺の大事な妻だ。家事は彼女の意見を聞いてやってほしい。掃除する場所が欲しければもう一件家を建てるぞ」


「イイの?」


「私も妻とふたりきりで過ごしたいからな。普段は別の家にいて欲しい」


「ワタシ達だけの家?!」


「ああそうだ。たまに来客を泊まらせるくらいは良いか?」


「もちろんイイよ」


「よし、決まりだ。シルビア、この家で本当に良いんだな?」


「は、はい! ここが良いですわ!」


「そうか。ではシルビアに頼みがある」


「なんなりと!」


「ブラウニーは私達の家族になる。貴族達やドラゴンのように、結界を使って力づくで説得するのはそろそろやめてほしい。シルビアさえ私の事を理解してくれていればそれでいい。悪口くらい言わせておけ。ただし、本当に危害を加えようとしているなら容赦しなくて構わない」


「でも、ガンツ様を悪く言うなんて許せませんわ」


「悪口を言うだけの者は放っておけ。もし私達の間に子どもが生まれたら……シルビアは子どもが反抗するたびに結界を張るのか?」


「それは……」


「シルビアのおかげで、貴族の膿は出し切れたと国王陛下から聞いている。これ以上は、シルビアの評判が悪くなる」


「わたくしの評判が悪くなればガンツ様も……」


「私の評判なんて気にしなくて良い。だが、シルビアが悪く言われるのは嫌だ」


「わたくしは、ガンツ様が悪く言われるのが許せません。平民だからなんですか。ガンツ様は凄い方なのに!」


「シルビアは私が貴族になったら嬉しいか?」


「いいえ。ガンツ様が望まないのなら、嫌ですわ」


「……なぜ、私が貴族になりたくないと知っている?」


「冒険者ガンツを取り込もうと多くの貴族が声をかけた。中には、養子にすると言った者までいたそうだ。しかしガンツは、全ての申し出を断り貴族からの依頼を一切受けていない……この記事を見ましたの」


「こんな昔の記事、よく見つけてきたな」


「ガンツ様の悪評を広めようとした新聞記者とお話し合いをした時に頂きましたの。今後はこのようなことはしない方がよろしいですか?」


「頻度は減らして欲しいかな。悪口を言ったくらいなら放置で良いと思うが……私もシルビアの悪口を聞いたら腹が立つからな。うーん、どうしたものか……」


「ガンツにキケバイイ」


「ブラウニー? そうよ! そうだわ! ガンツ様! 結界でお話し合いをする前に必ずガンツ様に相談するというのはいかがでしょう? そのうちわたくしも加減が分かるようになると思いますので、少しの間だけ! ど、どうですか?」


「それはいいな。シルビアなら私の様子を確認して転移できるものな。国王陛下からどんな手段を使ってもシルビアの暴走を止めろと命じられているし、王命の為ならシルビアが仕事中に私を訪ねて来るくらい問題ないだろう。確認してからいつでも転移してきてくれ」


「……うう、暴走ですか……お父様のばかぁ……」


「まぁ、これは表向きの言い訳だ。仕事中にシルビアに会える言い訳ができたのだから、会いたくなったらいつでも来ればいい。デスクワークは嫌いなんだ。シルビアが来てくれたら元気が出る」


ガンツがシルビアに耳打ちすると、シルビアの頬が真っ赤に染まった。


「お姫様、カワイイ」


「ガンツ、タノシソウ」


「で、ではこちらの家を購入でよろしいですか?」


すっかり置いてけぼりになっていた不動産屋が声をかけてきた。


「ああ、すぐに買う。いい家を紹介してくれてありがとう。さすがプロだな。私ではシルビアの好む家を見つけられなかった。ここはとても居心地がいい」


「ガンツ様も気に入ったのですか?」


「ああ。暖かくていい家だ」


多くの精霊が集まるログハウスには強くて優しい夫婦が住んでいる。

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