色は匂えど散りぬるを

大黒天半太

色は匂えど散りぬるを

 いろはにほへと

 ちりぬるをわか

 よたれそつねな

 らむうゐのおく

 やまけふこえて

 あさきゆめみし

   ゑひもせす


 色鮮やかに咲き誇り、馥郁たる薫りを放った華も、散ってしまった。

 同様に、永遠に続く命も無く、永遠に続く繁栄も無い。

 無常の現世うつしよを、今日も乗り越え。

 涅槃の境地ニルヴァーナにあって、惑いも無し。


 彼らの唱える誦文は、なんとなくそういうニュアンスらしい。

 まぁ、俺にはよくわからないけど。


 つまるところ、悟りだか覚りだかに至ると、一喜一憂の一喜が小さくなる代わりに、一憂の方はそんなに気にならなくなるらしい。

 心が乱れないと言われれば、そうなんだろうが、感情に乏しくなるだけなら、そんなのは願い下げだ。


 信徒達が声合わせ唱える誦文は、人数が集まると大きな低い唸りを伴って、広く響いていく。


 不信心な俺が混じれば、見立つのかと言えばそうでもない。


 四十七音の誦文を唱えて紛れていれば、単に、普段は見かけない、新しい信徒と言うところだ。


 確かに、この僅か四十七音の誦文を繰り返すことで、段々と意識は澄み渡って来る。肉体の発語と意識が分離され、信徒であれば、神仏への帰依の心の奮えなり、心に差し込む救いの光でも見える(感じる)のかも知れない。


 生憎と、信仰心よりも先に、私的な用件が優先する。


 即ち、魔術師として与えられた任務。

 霊的結界の破壊であり、彼等の掃討であり、俗物的には、施設の奥深くに幽閉されている目を覚ました信徒やその家族達の無事解放であり、現世での法に触れる様々な行為の物証の確保だ。

 これさえ出来ていれば、死傷者は警察突入時のアクシデントとして処理されるし、警察の突入も正当化される。


 もし、任務に失敗すれば、過激な新興宗教の内部で起こったこととして、私の死でさえ大事にはならず、淡々と処理されるだろう。

 警官隊の突入は中止され、地下施設の人々は命を危険に曝されたままで、埋められた遺骨に日が当たることもない。


 まぁ、そうは問屋が卸さない。


 ただの潜入要員ではなく、私が選ばれて来たのだから。


 教祖とその取り巻き達が、いかに頭が切れようと、霊能力だの霊術だのに秀でていようと、私の敵ではない。

 暗殺教団で、大量殺戮兵器としての魔術を学んだ私にしてみれば、ドが付く素人の群れだ。

 霊力(霊術)が強いのやら、暗殺術らしい手技や武具を仕舞い込んでいるのやら、いろいろ混じってはいるが、隠れ蓑のつもりの一般信徒に比べて、数が少な過ぎる。


 それにしても、本部の注文が多すぎる。仕方ない、逮捕対象の幹部だけは、残すよう努力はしよう。

 暗殺要員や霊術要員は、残しても警察の手に余るはずなんだから、私に処理させて、凶器とかの証拠品だけ押さえれば良さそうなものだが……。

 うん、決めた。まとめて処理しよう。


 さて、今回の功績で刑期は何年短縮してもらえるのだろうか? 百年くらい短縮してもらえないと、こんな過酷な任務でしか外に出られない日々が続くことになる。


 功績というか評価が上がるのかはわからないが、表面上は誦文を唱えながら、私は、脳内で術式を組む。

 一般信徒にはわからないだろうが、霊力のある者達なら、私の術に戦慄して、もう二度と魔術擬きに手を出さなくなるように。


 いや、出せなくなるのか。ほとんど生き残らないからな。

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