【KAC2024お題作品】魔王軍元幹部との同居生活、始めました。 〜勇者パーティを追放された戦士の新生活〜

カユウ

第1話 同居開始

「うーん……どこも高いし広いんだよな」


 内見している住宅の中で、俺は頭を抱えていた。

 ここは、勇者の生まれ故郷の王国からも、魔王軍との戦場からも遠く離れた辺境の街、シャザルハウゼン。東は大瀑布、北から西にかけては『魔境の森』と呼ばれる人類未踏の大森林が広がっている。特産品といえば、『魔境の森』でのみ伐採できる特殊な木材とその加工品と、『魔境の森』産の魔物素材くらいだろう。

 勇者パーティ参加の強制依頼がなければ、しばらく『魔境の森』の探索をしようと思っており、少なくとも1年か2年はシャザルハウゼンに腰を据えることを計画していた。そのため、家を借りようとしたのだが、冒険者の身分で借りれる家がパーティハウスしかないことがわかったのだ。


「考えれば当たり前だよな。ソロで『魔境の森』を探索できるレベルの冒険者が来ることなんて、想定してるわけないんだ」


 無意識に口から大きなため息が出る。今、この街で俺が借りることのできる家は3件ある。3件目のここが一番小さく、家賃も安い。とはいえ、俺1人の稼ぎだけではつらい程度の家賃ではある。蓄えを削らずに生活していくには、せめてもう1人分の稼ぎはほしいところ。


「とはいえ、パーティを組んでくれるような知り合い、ここにいないしな……」


 うんうん唸っていると、内見の案内をしてくれていた商業ギルドのギルド員さんが声をかけてきた。


「コンラート様、悩まれているところ申し訳ありません。こちらの物件を内見されたいという方がいらっしゃいました。契約は早いもの順とさせていただきますので、ご了承くださいませ」


「あ、はい。そうなったら仕方ないですね」


 ギルド員さんの言葉に頷いたところで、別のギルド員さんが案内している内見希望者が視界に入ってきた。自ら発光しているのではないかと思うほど煌びやかな、腰辺りまで伸びた銀髪。わずかに見えた横顔からでもわかるほどの美貌。姿勢や立ち歩く姿から、武門に関わる者の片鱗が感じられる。現れた女性のあまりの美しさに、つい視線で追いかけてしまう。

 すぐに見知らぬ人にジロジロ見られても不愉快だろうと自制心を発揮し、視線を切ろうとするも、女性の立ち居振る舞いに既視感を感じる。だが、冒険者の知り合いならすぐにわかるはず。思い当たる人物がいないとなると、勇者パーティにいたときに関わった人だろうか。とはいえ、勇者パーティ発足当初は激務すぎて記憶が定かではない。もう少し観察したら思い出すだろうかと思ったとき、内見希望者の女性がこちらに振り向いた。その瞬間、俺の口から名前が飛び出した。


「クラウディア!?」


 つい、名前を叫んでしまった自らの口を抑える。彼女の名前は、クラウディア・ヘルガ。勇者パーティが初めて相対した魔王軍幹部だ。出発したばかりで未成熟な勇者パーティは彼女率いる魔王軍に敗退し、そして最終的には撃退することができた。遠距離では魔法、中距離では弓、近距離では剣と、全ての距離で戦うことができるオールラウンダー。しかも、指揮能力も高く、実戦経験の少ない勇者パーティでは彼女のいいようにやられてしまったという苦い経験がある。彼女が率いる魔王軍を敗走させたあと、俺たちの前に姿を現さなくなってしまったので、気にはなっていたのだ。


「え?……コ、コンラート!?」


 名前を叫んでしまったことで、クラウディアの意識がこちらに集中したことがわかる。そして、俺のことに気がついた。驚きの表情とともに、名前を叫ばれる。


 お互いに名前を呼び合ったことで、案内してくれている商業ギルドのギルド員さんたちからは知り合いとみなされたようだ。2人で相談したいと告げると、商業ギルドでお待ちしていますと言われたので、クラウディアを促して内見していた住宅を後にした。


「で、なんでお前がこんなところで住宅の内見してるんだよ?」


 近くの食堂に入り、昼食を注文してから目の前に座るクラウディアに問いかける。


「あなたたちがシュヴァードリヒ様……いえ、シュヴァードリヒの作戦をことごとく叩き潰したからよ」


「シュヴァードリヒってサンクセラル王国の宰相に化けてたヤツだろ。あんな小物の作戦を潰したことと、優秀な前線指揮官のクラウディアが1人でこんな辺境にいることがつながらないんだが?」


 気だるげな様子でコップに口をつけたクラウディアだったが、急に口から水を噴き出してきた。あまりにも突然のことに、クラウディアが噴き出した水を顔面で受け止めてしまう。


「……おい?」


「げほっ、げほっ……ご、ごめんなさい。思いもよらないことを言われたからびっくりしちゃって」


 手拭きで顔にかけられた水をぬぐいながら軽く睨みつけるも、咳き込むクラウディアが申し訳なさそうに顔を伏せる。ここは戦場ではないとはいえ、こんな殊勝な態度をとるような人物だっただろうか。


「あなたたちには小物に見えたのかもしれないけど、シュヴァードリヒは軍の四天王なの。あなたたち勇者パーティが強くなるにつれ、あいつが立てた作戦はことごとく失敗。他の四天王に責任を追及されたシュヴァードリヒは、これまでの作戦失敗の責任をわたしに押し付けてきたのよ。勇者パーティに初めて敗退したわたしが足をひっぱっている、と言ってね。わたしには申し開きをする場も与えられず、魔王軍を放逐。魔王領への立ち入りも禁じられてしまったの」


「……あれが四天王?」


「そうよ。作戦立案能力と強者に取り入る口のうまさで、周りを蹴落として四天王になったの。個々の戦力が高い勇者パーティから見れば、小物でしかないわね」


 小さなため息とともに首肯したクラウディアは、改めてコップを口につけて水を飲んだ。


「魔王軍からも魔王領からも追放されたわたしは、戦火を避け、連合軍から身を隠して移動しているうちにここに辿り着いたの。流れてきたわたしに、この街の人たちは優しくしてくれたわ。素性も明かさないわたしにいろいろなことを教えてくれた。でも、わたしに返せるものは武力しかないから、冒険者になったの。街の人たちから、しばらくいるなら家を借りた方がいいって教えてもらって、内見してたの。でも、どれも家賃が高いのね」


「なるほどね。こちらとしては、優秀な前線指揮官が1人いなくなったことに感謝しないといけないな」


「そう言うあなたこそ、なんでこんなところにいるのよ。勇者パーティの指導役でしょ?」


「っ……」


 クラウディアの問いかけに息を呑む。クラウディアの事情を聞いたのだから、こちらも事情を明かすとしよう。


「……その指導役はもういらないって言われたんだよ。もともと俺は王国からの強制依頼で勇者パーティに同行していたんだ。旅慣れしていない勇者様ご一行が、できる限り快適な旅をできるようにってね。勇者たちは旅慣れてきたし、協力してくれる仲間も増えた。もう冒険者風情に頼る必要はないってことになったんだよ」


「い、いらないって言ったのは勇者?」


「ああ。あ、いや、勇者から直接いらないとは聞いていない。王国から派遣されてきた魔法剣士に言われたんだ。だけど、強制依頼の早期終了するための依頼完了届には、勇者の名前が書かれてたよ。だから、勇者からいらないって言われたも同然だよ」


「……そう、なのね」


「こっちは街や領地から追放されたわけじゃないが、追放されたパーティメンバーと顔を合わせるのも気まずいからな。追放された日のうちに前線の街を出て、あちこちを見て回って。勇者パーティ同行の強制依頼が来なかったら、『魔境の森』の探索をしようと思っていたことを思い出して、この街にきたってわけ。クラウディアと出会ったときは、家賃の高さに頭を悩ませていたんだけど」


 ここまで話したところで、注文した料理が運ばれてきた。話を中断して、料理に取り掛かることにした。言葉を発したわけではないが、クラウディアも食事に集中したことに気づき、なんとなく居心地のよさを感じる。


「ねぇ、コンラート。ハウスシェア、しない?わたしたちが出会った物件なら、2人いれば賄えると思うの」


「ハウスシェア?魔王軍と勇者パーティにいた俺たちが?」


「今はどちらも追放されているでしょ。わたしたちは、冒険者のコンラートとクラウディアよ。それなら協力できると思うんだけど、どう?」


 クラウディアの真摯な瞳に見つめられ、俺は言葉につまる。元の所属は魔王軍と勇者パーティだ。戦場で矛を交えたことは何度もある。

 だが、それは元の所属での話であって、所属を離れた今も敵対関係を維持できるかと言われると難しい。


「……わかった。ハウスシェアしよう」


 住宅を借りられるメリットを考えれば、デメリットなんて些細なもの。俺は、しばらく悩んだのち、了承を伝えた。

 その言葉を聞いた瞬間、クラウディアは大輪の花が咲いたかのような笑顔になる。


「ありがとう!じゃあ早速契約にいきましょう!!」


 早く行かないと他の人に契約されてしまうと急かすクラウディアに腕を引かれ、商業ギルドを目指す。

 こうして、クラウディアと俺は同居することになった。

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