寮に入りましょう

ちかえ

寮に入れなくてはいけない?

 無茶を言うな。それが、そこに集まっていた人たちの共通の意見だった。


 新入生の一人が、学園の寮に入らずに家を借りて一人暮らしをしたいという。だが、その両親は——特に母親が——息子を心配して寮に入れたいという。

 なのに、子供は頷かない。なので学園側で諦めさせる事は出来ないかと相談されたのだ。なので、職員で臨時の会議を開いたのだ。


 学園側としても学生が寮に入ってくれるのは安全性などいろいろな意味でありがたい。でも、それは強制ではないし、これは別に学園の仕事ではないと思うのだ。


 それくらいは家庭で解決して欲しい。

 大体、その学生は高等部から入学してくるのだからもう成人済みだ。彼の両親は少し過保護すぎやしないだろうか。


 貴族の学生なら王都に屋敷を持っていたりするが、問題の生徒は平民だ。だからと言って身分が低いから意見は却下などと横暴な事は言えるわけがない。


 それに彼は成績優秀の奨学生として入ったので、住まいの費用は学園持ちになっている。費用の面では問題はない。


 時々、寮に入りたくない、という新入生は出てくる。でも保護者がこうやって学園にこんな訴えをする事は珍しいのだ。それも平民が、である。


 もう貴族ではない学生は全員寮住まいにするべきという意見も出るが、そうなると貴族が平民ばかりずるいと文句を言ってくる事は予想出来る事だ。

 かと言って今から全寮制にするのも難しい。その学生が入学するまで一月もないのだ。他の学生達も混乱するだろう。そしてたった一月で新たな寮が建てられるわけがない。


 基本的に、寮に入らず一人暮らしをしたい生徒には、学園側から安くて良い物件を紹介している。

 保護者の言っている事は、その内見の段階で諦めさせろ、という事だ。


「変な物件を紹介すればいいんでしょうかねえ……」


 一人がつぶやく。それはみんな思いついているはずだ。


 でも、そんな事をすれば、信用がなくなる。大体、紹介出来る物件に変な物件などない。学園にだって学園のプライドがあるのだ。


***


 とりあえずその新入生に会い、説得を試みてみたが、彼はどうしても一人暮らしがしたいと言ってくる。


 寮に入らず一人暮らしをしたいという人には、貴族を横暴だと思い込んでいるという事も多い。寮の中で虐げられるかも、と考えているのだ。

 きっと、彼もそうなのだろう。枕を高くして寝たいと思っている。そういう事だ。


 でも、そんな考えを持っている生徒は学園では苦労する気がする。その新入生はこれから大丈夫なのだろうか。


 何にせよ、まずは彼に幾つか物件を紹介しなければならない。


 なので、比較的安全な地域にある集合住宅の一室を内見してもらう事になった。貴族たちのタウンハウスがたくさんある地域だ。そこの近くにはお金がある庶民が住む家も幾つかある。その中の一つが貸し出されているのだ。

 貴族達を守る警備の人達が屋敷の周りも見回っているので、本当に安全な地域なのである。

 だが、地域の名前を言った途端、新入生が不安そうな表情になった。なので、自分達の考えは正解だったのだろう。あえてそこの地域が安全な理由も話す。


「……他にはどのような物件があるのでしょうか?」


 そんな風に言うので他の似たような地域の名前を言う。やっぱり彼は困ったような顔をしている。


 彼の母親は、息子の様子に気づいていないようで、どうしてそんなに良い物件を紹介するんだ、と不満そうな表情をしている。

 とりあえず職員の一人が彼の内見についていく。


 普通なら何にも問題はないはずだ。いい物件なので、喜んで『ここにします!』と言うだろう。

 でも、今回は断らせなければならないのだ。結構、いやかなり面倒くさい。ついてきた職員はそう心の中でつぶやく。


 家の内装も悪くはない。家具も備え付けだ。大体の人は気にいるはずだ。

 新入生も気に入ったようで嬉しそうな笑みを浮かべている。むしろ目がキラキラしている気がする。


「いいお部屋ですね」

「そうかしら。私はそうは思いません」


 母親が止めに入る。だからと言ってそれは大家の前で言うことではない。それは母親以外の全員の意見だった。


 新入生は少し考え込む。そして思い切ったように顔を上げた。


「……こんなにいい部屋だと追加で料金がかかったりするのでしょうか?」


 そうしておずおずとそう尋ねてくる。

 どうやら不安そうな顔をしていた理由はそれだったらしい。別に貴族が、とか考えていたわけではないようだ。


「ええ、お金いっぱいかかるわよ。お母さんそんなに払えないわー」


 母親が脅している。絶対嘘だ。でも、それだけ寮に住んで欲しいのだ。


「いいえ。何も問題はありませんよ」


 そう答える事務員に、余計な事を言うなというように母親が睨む。

 でも、嘘をつくわけにもいかないのだ。


「では僕はこの物件にします!」

「ちょっとバーナードちゃん!」


 母親が慌てている。無理もない。


「お母さん、だめかな? いずれは一人暮らしする事になるだろうし、今からいろいろ経験しておきたいんだ」


 新入生は母親の目をしっかり見て懇願している。他にもいろいろ一人暮らししたい理由を伝えて訴えている。


「……お父さんにも相談してみましょう」


 ついに母親が折れた。


 それを聞いてその場の全員の口から安堵のため息が漏れたのだった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

寮に入りましょう ちかえ @ChikaeK

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ