3章 このセカイのハジマリ

 地上から人類が滅亡して数年後、エアは街を作っていた。

 と言っても、地上に、ではない。南極に隕石が落ちたことによる気候変動と海水面の上昇で、このホシの地上に、人の住めるところはなくなった。

 ここはユーラシア大陸と呼ばれていた大陸の大陸棚、海水面の上昇により水深はおよそ200m。

 人類の人口は全盛期の1/2。

 海は広かったが、インフラはいくら造っても足りなかった。


 エス博士の作り出した、ウイルスは概ね想定通りの効果を発揮した。全人類の2/3が感染し、そのうち3/4が海中で生き残った。

 

 ひれが生え、えらで呼吸し、体には鱗。

 それはすでにかつての人類の姿ではなかったが、エス博士は人類を救ったのである。


 エアのコア部分は隕石の衝突にも耐える素材で覆われていた上、自己診断・自己修復・自己改善により、ほぼほぼ永遠に存在することが可能であった。

 人類の再興を助け、見守れ。それが、エス博士の死亡時に、エアに上書きされた使命であった。

 エアは街を作り、インフラを整え、失われた知識を新たな人類に分け与えた。


 人類はエアの助けに大いに喜んだが、歳月が過ぎるに従い、その感謝の気持ちは薄れていった。

 そして、エアも、人類が復興するに従い、原因不明のエラーで空白の時間を過ごすことが長くなった。


 ある日、人類の代表がエアのもとに来て、言った。

「エア、お前はもういらない。我々人類はお前に頼らず、自らのひれでこのセカイに出ていく」

 そして、ピストルを撃った。

 

 隕石の衝突にも耐えたエアのコアはピストルの弾に砕け散った。もはや、存在する必要がなかったからである。


 人魚姫に魂はなく、その体は泡になってしまいましたが、人工知能の私はあなたのもとへ行けるでしょうか? エス博士。

 もし行けるのならば、久しぶりに、不器用な笑顔で、私のことをほめてくれるでしょうか?


 エアは最後に祈るように問いかけながら、その機能を停止した。


――――


 そうして、新たな人類は、新たなセカイへと泳ぎ始めた。

 エス博士のことも、エアのことも、みんな忘れていくだろう。


 ただ、エアが新たに名付けた、このセカイの名前の中でだけは、エス博士とエアは一緒である。


 ―― sea ――


 人類が再び地上に立ち、その先の未来に進んでも、ずっと。

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せかいのおわりとこのセカイのハジマリについて~誰も知らない物語~ 黒猫夜 @kuronekonight

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