KAC20242「内見さんの最後の内見」
地崎守 晶
内見さんの最後の内見
今日は待ちに待った
なんといってもわたしはまもなく愛しの彼と結ばれて新しい名字を手に入れるのだ。婚姻届を出しに行くのが明日。週末には結婚式と披露宴。
「
七三の髪にお手本のような笑顔。丁寧な物腰の不動産屋さんが言う。わたしは内見のこの瞬間が一番きらいだ。
わたし、
あれは、中学生の頃の引っ越しだっただろうか。
『
あれから、引っ越しを経験するたび、新生活への期待感の裏にいつも内見というイベントと自分の名字のコンプレックスが貼り付いていた。
そんな人生も、これで終わり。マッチングアプリで知り合った、趣味が会う一つ年下の彼氏。彼の名字になることで、わたしはこの呪いから解放される。
あいにく今日、彼氏は急にお腹が痛くなったので、わたしだけ先に不動産屋さんに向かうことになったけど。
目の前に広がるぴかぴかの新居。
この玄関で毎日彼を見送って、出迎えて、ただいまと言えばお帰りと返してくれる。
このキッチンで彼の好きなものを作って、このリビングで大きなテレビを見て、ふかふかのソファでくっついて。
それからこの、ダブルのベッドをおける寝室で……ふふっ。
この部屋で暮らすことをひとつひとつ思い描くだけで、
「ここ、ほんとうにいいおうちですね~!」
「気に入っていただけてなによりです」
踊るように体をくるくるさせて笑うと不動産屋さんも微笑んでくれる。
ああ、こんなに楽しい
舞い上がる心地の絶頂。そのとき、ポケットの中でスマホが震えた。
きっと彼だ。早く一緒にこの新居を見たい。はやる気持ちでメッセージアプリを開く。
『ごめん』
「……は?」
『ほんとうにごめん。実は、前にマッチングした女の子、別れたんだけど、その』
『子どもが、お腹にいるって』
「……は!?」
『その、相手のお父さんが、とても怖くて』
『責任とらないといけなくなって』
「……はあああっ!?」
『結婚の話は、なかったことに。さよなら』
「っっっふっざっけんじゃあねえぞこのクソカスがぁあああああああーーー!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!」
わたしは叫んだ。
あれだけ輝いて見えた新居ーーいや、気持ちの面でも、一人で家賃を払うことを考えた場合の負担の上でも、ムダに高い、もうぜったいに住むことはないただの空虚な入れ物―ーの真ん中で、壁をとどろかせるほどの大声でわたしは叫んだ。目を丸くして後ずさる不動産屋のペラいスマイル0円男にもかまわず、スマホを床にたたきつける。
会社の規定でまた寮に戻れない以上、どうあがいてもこれからもう一度
「もう内見なんてこりごりよ~っ!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!」
KAC20242「内見さんの最後の内見」 地崎守 晶 @kararu11
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