ARで理想の部屋探し

加藤やま

第1話 理想の生活

「この部屋めっちゃヤバくない?雰囲気最高じゃん!」

 今度の部屋は彼女も気に入ってくれたみたいだ。この日のために地道にコツコツ貯金してきた甲斐があった。今日こそは理想の部屋が見つかりそうだ。

「こちら北欧の住宅をモデルにしておりまして、部屋中から木材の温かみを感じられるようになっております。今までお住まいだったアパートからは格段にグレードは上がっているのがお分かりいただけるかと思います……」

 スラスラと説明を読み上げる案内人が言う通り、今日までグレードの低い日本の安アパートで我慢してきた。彼女もお金のない大学生で贅沢はできなかった。でも、今日からは違う。この部屋に住んで気分一新、理想の生活を手に入れるんだ。


「これにします。今日契約することってできますか?」

「もちろんでございます。それでは契約内容を確認させていただきます。家具家電は今お持ちのものをデザインだけ変更ですね。部屋の間取りや設備はほとんど変更ありませんがキッチンの形だけ変わりますので、その手直しだけさせていただきます。今回そこまで大規模な変更ではないので、おおよそ4時間程度で完了するかと思います。いかがなさいますか?ベッドの位置も変更されませんので、今夜眠っている間に作業させていただきましょうか?」

「はい。それでお願いします」

「かしこまりました。それでは契約完了です。今夜すぐに作業に移らせていただきます」


「あの、もう一ついいですか?」

「どうしましょう?」

「彼女の交換もお願いしたいんですが」

「あぁ、もちろん当社でも承っております。部屋と一緒に、という方は多いですからね。ご要望がお決まりでしたらすぐにでも変更可能ですが」

 彼女もセットで変えることができるみたいで胸をなでおろした。部屋は完璧なのに彼女は元のままだったら台無しだった。

「じゃあ、部屋に合わせて北欧系の美人にしてもらってもいいですか?体型と性格は今のままで大丈夫です」

「かしこまりました。では、少々値段は張りますがこちらなんていかがでしょうか?前時代の遺跡に残っていた資料から再現した女優とかいう人種です。その中でも特に資料が多く残っていたサンプルをモデルにしてあるみたいで美人系では一番好評いただいております」

「たしかに、かなりいいですね。値段は……このくらいなら出せそうだ。うん、この人にします」

「お客様、今回かなり奮発されますね。前の彼女さんも値段の割には素敵でしたけど、今回は桁が二つ違いますからね。きっとご満足いただけると思います」

 案内人が何か機械をいじったかと思うと、彼女が量産型の女子大学生から女優とかいう人種に切り替わった。

「たっくーん!理想通りの部屋が見つかって良かったね!」

 性格も記憶も正常に引き継ぎできたようだ。この女優という人種はスキンシップが多いみたいだ。これは嬉しい誤算だな。

「それでは新しい生活をお楽しみください。またいつかAR内見をご希望の際は当社をご利用いただけたら幸いです。最後に、ご承知とは思いますがそちらの密着型ゴーグルは決して外されないようお気をつけください」

 きっと定型文であろう忠告を最後に、案内人ホログラムは姿を消した。

 言われなくても、もはやこのゴーグルを最後に外した日すら覚えていない。


 今夜すぐに作業に取り掛かるということだったので、早々に新しい彼女とベッドにもぐりこむ。そして、いつものように彼女の電源を落とす。

 男の部屋はARで投影する映像の邪魔にならないように、身をゆだねる布団も、その下のベッドも、というよりも部屋中のあらゆるものが白一色で構成された、無機質な部屋だった。そこで男は一人静かに目をつぶるのだった。隣の彼女型ロボットも同じ理由で真っ白だった。

 部屋の中には男の寝息と、キッチンを分解・印刷する3D プリンタの音だけが小さく響いていた。

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ARで理想の部屋探し 加藤やま @katouyama

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