第9話

 ロベリア・グリーズレットの訃報は、その日中に学園全体に浸透した。

 王国学園では年間数十人の死者が出る。訃報は珍しいことではないが……ロベリアはある意味で有名な男子だ。生徒間で噂が広まるのは早かった。


 とはいえ……全くの他人を何十日も気に掛けるほど生徒は暇ではない。

 一週間も経つと学園の話題からロベリア・グリーズレットの名前は消えた。彼に嫌がらせをされたという一部の生徒が偶に口にしているくらいで……ロベリア・グリーズレットは完全に過去の人となった。


 そしてそれはアレンのクラスも同様だった。


「はあー……ったくよお。なんでウチの先生はああも頭が固いかねえ」


 強面の男子生徒が苛立ちを隠さずに教室へ入ってきた。

 彼の名前はラウド・フレイム。アレンの友人兼クラスメイトだ。元々はティナと幼馴染だったようで……彼女と一緒にいる内にアレンとラウドは仲良くなった。


「どうしたの。ラウド」


 近くの席に腰を降ろしたラウドに、アレンはそう訊ねる。

 ……アレンの隣に座っているティナも気になっているようだった。ラウドの方に視線を向けて話を聞く態勢になっている。


「なんでそんなに苛ついてるのよ」

「帝国から魔道具を仕入れたんだ。魔物との戦闘に仕えるかもって思ってな。それで授業中に使ってたら教師から呼びされて……説教された。王国が信仰する神様の教えに反するから使用は駄目なんだと。マジ意味わかんねえ」


 ラウドは悪態をつくように言った。

 彼は新しい物好きで、他国の物でも貪欲に取り入れる。そういったことを王国は良しとしなかった。ここ最近の王国は停滞気味だ。こういう細かいところで差が付いているかもしれない。


「ちくしょー……魔道具も没収されちまったし。結構高かったんだぜアレ」

「仕方ないわよ。昔からの仕来りなんだから」

「でもよお」


 と、話を続けようとした二人だったが……何かに気付いて口を止める。

 アレンが俯いていた。会話に混じろうともしないで、望郷の念を思い出すかのように目を細めている。最近のアレンは高頻度で、こうなるのだ。


「……魔道具か。ロベリア君も好きだったな」


 アレンが物悲しそうに呟いた。


「あ、アレン……すまん。気遣いが足りなかったな」

「え、あ、僕のほうこそごめん!そういう意味で言ったわけじゃないんだ……」


 ラウドの謝罪に、アレンは慌てて手を振った。彼の瞳は物憂げに揺れていた。


「ただ……自然に口に出ちゃっただけで」


 そっちのほうが深刻では?とラウドとティナは目を合わせた。不思議とお互いの思考を手に取るように理解することができた。


「アレン……ちょっと席を外すな」

「私も」


 そう言ってラウドとティナは教室を離れる。出て行く直前に「はあ……ロベリア君」と声が聞こえた。想像以上に重症かもしれない。


 廊下の隅で二人は深く溜息をついた。


「どうすんだよ」

「どうもこうもないわよ……私じゃどうしようもないわ」


 ロベリアが死んで一週間が経った。もう誰も彼のことを話している人はいない。

 ただ……アレンを除いて。

 アレンはロベリアの死去に酷くショックを受けていた。魔法を教えていくうちに仲良くなっていたのは把握していたが……まさかここまでとは思わない。二人も何とか元に戻そうと試みた。暫く様子を見るしかないという結論にしか至らなかった。


「ロベリアやつ……アレンに何かしたの?」

「無いな。術者が死んだあとも効果が続く魔法なんて聞いたことない。それに……何の意味があんだよ。アレンに自分のことを考えさせるようにする魔法って……嫌がらせにしてはちと壮大過ぎるな」


 ラウドの意見にティナは唇を尖らせた。


「じゃあ……あいつがまだ生きてて、これからアレンに何かしようとしてるとか」

「どうやったらそんな思考になるんだよ……。グリーズレット家が公式に訃報を出してる。ロベリアの死亡は間違いない」


 ロベリアが帝国に亡命したあと、セバスが偽のシナリオを作って当主に報告した。当主はセバスに一任した。……グリーズレット家の当主は息子を道具としか思っていないかった。彼は交渉材料を一つ失った程度にしか考えていない。

 正直なところ、どうでもよかったのだ。

 しかし……これらのことを二人は知らない。


「もう様子見しかないわけね……ったく……何で死んじゃうのよ」

「森でフォレストタイガーに出くわしたらしいな。本当に、運が悪かったとしか」


 ラウドの同情するような声音に、ティナは微妙な表情を浮かべた。


 フォレストタイガーは中級の魔物だ。

 ティナとラウドで協力しても討伐できるかどうか分からない。一人で遭遇したら確実に殺されるだろう。そのときの光景を想像して……流石の二人も殺されたルークに同情した。二人はアレンの待つ教室に戻った。


 暫くすると学園からロベリア・グリーズレットの名前は完全に消えた。


「ロベリア君……元気にしてるといいな」


 ポツリとアレンが独り言を呟く。

 その頃のロベリアは馬車を乗り継ぎ帝国に到着し……無事に亡命を果たしているのだった。










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破滅予定の王国貴族に転生した俺、帝国に亡命する 手毬めあ @Emmy

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