第4話 猫 with

「助かったわ、いすみ、冥ちゃん、ゆずちゃん。本当に恥ずかしいところを見せたわね」

会長はそう言って頭を深々と下げる。会長のサラッとした黒髪が揺れる。ところ変わって生徒会室に戻ってきた俺たちは、なぜあったのかわからない倉庫部屋の奥に入っていたケージの中に猫を入れ、生徒会室に戻ってきた。

「去年の文化祭の時に看板犬を目玉にした模擬展があったからね、それをそのままにしたんじゃないかなぁ、私が見つけたのも文化祭の後になってからだし」

その言い方だと普段から倉庫にいるようにも取れるんだが。まぁ気にしたら負けだ、人の生き方にとやかく言うもんじゃない。寛容さこそが世の中を生きる上で最も大切なのだろう。俺は腕組みをして一人で云々唸る。

「なんだいいすみくん?何か言いたいことがあったらいいたまえいすみくん」

立花は怪訝そうに俺の顔を覗く。

「何もねーよ」

俺はそう言って肩をすくめる。それぞれ思うような場所に座り、肝心の猫はというと衆人環視の机の上に置かれている、古ぼけたケージの中ですやすやと寝息を立てている。人馴れしているのか、それともただ単に神経が図太いのか、この猫、結構な大物である。

「まず、この猫の処遇をどうするかを決めなくちゃいけないわね」

会長が碇ゲンドウのようなポーズを取り、犯罪者を咎めるような口調で切り出した。生徒会裁判、開廷である。いや、しないけど

「首輪はしてないみたいだから飼い猫ではなさそうだけれど、それにしては色艶がいいと思わない?どこかで飼われているのかしら」

野良猫をケージ越しに観察してみる。外で過ごしている(多分)にしてはとても綺麗な毛並みをしており、血統種と言われても疑えないような見た目をしている。ついでにとてもふっくらしている。ふっくらして見えるのは毛のせいかもしれないが

「いろんなところで餌をもらってるんじゃないかな?妙に人馴れしてるっぽいし、私の家の近所にいる野良猫も野良とは思えないぐらい綺麗だったよ」

立花は顎に手を当ててそんなことを言う。

「首輪と耳に切り込みが入っていないので、誰かの飼い猫ということはなさそうですしどこかの地域で飼われている、と言うこともなさそうです・・・。勝手に上がり込んじゃう子、うちもそうなんですけど最近は多いらしいので、半分飼い猫化していることもあるみたいですが・・・」

立花の説明を捕捉する悠木。確かにさっき見たストレージの半分は猫に持っていかれているんじゃないかと思うほどの写真フォルダにはシオンちゃん以外の猫の姿もあった。

「ゆずの家にはよく猫が上がってくるの?ふふっ、微笑ましいわね」

会長は孫を見るような目でそんな悠木に微笑みかける。しかし会長と対照的に悠木は少し間の悪そうな表情をする。なんだ?

「シオンちゃんが喧嘩を売られるんです・・・・庭に入ってきた野良猫に・・・」

小声で喋る悠木に対して、声をかけられるものはいなかった。会長も大ポカをした後の将棋棋士のような仕草と表情で声を出せないでいる。生徒会室に重苦しい空気が流れる。どーすんだこの空気。会長はあー、とかえー、とか言葉にならないぼやきを発する。ん?というか

「会長猫苦手じゃないんですか?さっきも、何というか結構怖がってるように見えましたけど」

天敵の肉食動物に対して果敢に立ち向かおうとする小動物のような怯え方をしていた会長は幻だったのだろうか。ものすごい剣幕で俺にこの猫の捕獲を命じていたような気がするんだが。

「あ、ああそのことね」

会長は調子を取り戻したようにあわあわしていた両腕を組む

「安全圏から見る分には大丈夫なのよ。ただ、昔祖父母の家に行ったときに顔を引っ掻かれてしまって、以来どうも猫に対する苦手意識が抜けないのよね。情けない話なのだけれど」

会長は苦笑しながら右頬のあたりを指す。そこには不明瞭ではあるが切り傷のような線が入っていた。

「この子は大人しそうだし見ている分には大丈夫よ」

そういって会長は微笑む。

「会長さんにそんな過去があったんですね・・・猫ちゃんが苦手なのは少し意外です、いつも凛としている会長さんの像とは離れていて・・・」

「ギャップ萌えってやつだねいすみ君」

立花は修士論文を見定める大学教授のようにふむふむと顎に手を当てて会長を見ていた。目つきが少し怪しいような気もするが、俺の勘違いであると信じたい。

「ところで」

立花がくるりと一回転をし、猫が入っているケージをトントンと軽く叩く。

「この猫ちゃんの処遇はどうなるのかな、会長さん。まさかそのままってわけにはいかないでしょう?」

どこか演技じみた動きと口調をし立花は会長に対してニヤリと笑いかける。

「そうね、この子の処遇は少し考えなければいけないと思うわ。うーん」

会長は顎に手を当てて考える姿勢を取る。最初に考えられるのは保護猫団体への打診だと思うけれども、しかしどうするべきか。

「あっ」

と会長が何か思い付いたように声を出した。

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僕たちには問題がある 芳乃しう  @hikagenon

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