第3話 可愛くても!
生徒会室がある場所から中庭まではそう遠くない、来た道を戻って階段を降りればいい。生徒会室になぜか携帯されている虫網は立花が持ち、俺たちは廊下を歩く。
「まさか本当に猫が出るなんてな」
学園モノの漫画かよ。
「びっくりですね・・・この辺で野良猫を見たことはありませんし、どこか遠くから迷いこんで来たのでしょうか・・・」
普段から野良猫ウォッチングをしているのだろうか。
「いやーしかしラッキーだったね、生徒会室で猫の話をしていて。これで間違いなく捕獲はすぐ終わるよ」
修学旅行で木刀を買ってはしゃぐ男子中学生のようにブンブンと網を振り回しながら前を歩く立花。非常に危ない。通行人には気をつけろよ。先程した会話を要約すると結局のところ餌付けが一番いいような感じがしたが、各々のカバンの中を見ても猫が食べられて尚且つ喜びそうな食べ物は見つからなかった。
「悠木が近づくしかなさそうだな」
先程の三条件を満たすのは悠木しかいない、猫を飼っているからその扱いにも長けているだろう。
「私はもしかしたら、シオンちゃんの匂いがついているのかもしれないので・・・」
そう言いながら悠木は残念そうな顔をする。言われてみれば確かに、猫は他の猫の匂いを嫌うこともあるらしいからな。そう思い俺は虫網を持って今度はクラブのようにクルクルと回す立花を見る。こいつは・・・。悠木も何か伝えたげな視線を俺に送る。大丈夫分かっているさ。俺は肩をすくめて、ノンバーバルなコミュニケーションを悠木と取る。
「俺がやるしかないよな」
そう言って通行人に虫網が当たる前に、立花から虫網を受け取った。後で触らせてやるから今だけは、おとなしくしておいてくれよ。
中庭に着くと、そこには生徒会長がいた。呼び出したのは会長なのでそこに疑問はない。しかしその姿は大人に怯える幼稚園児のような体勢を取っていた。
「よ、よくきてくれたわね皆!」
会長の声が裏返る
「あの、かいty」
「早速だけどいすみ、あの猛獣を捕らえなさい、今すぐよ、早く。お願い」
俺の発言が終わる前に、会長は焦ったように、若干涙声のような含みを持たせて指を差す。その先には会長とは対照的に横に寝転び毛繕いをしたりあくびをする猫がいた。あの・・・・
「ノルウェージャンフォレストキャットでしょうか?ソマリにも見えますね・・・」
会長そっちのけに猫の種別を見極める悠木。会長を無言で見つめる俺と立花。身内が酷い目に遭わされた被害者家族のような顔をして猫を指差す会長はなんだかこう、衝撃的な光景だった。この人畜無害そうな猫に何をされたらこんな状況になるのだろうか。とりあえずのところ、網を立花から回収した俺が猫と対峙する。猫は俺を目の前にしても何も反応を起こさない。うーん、網要らなかったんじゃないかこれ。猫はこちらに構うことなく自分の毛をさっさと舐めている。強硬策に打って出る前に友好的な解決法にとりあえず取り掛かる。しゃがんで手を差し伸ばしてみる。猫は指をくんくんと嗅ぎ、毛繕いに戻る。次に首の下あたりを撫でてみる。猫は気持ちの良さそうにゴロゴロと喉を鳴らした。
「可愛い・・・」
「これはなかなかいいものだね・・・」
後ろで悠木と立花が声を漏らす。ちなみに立花は猫が逃げないように悠木よりもさらに後ろにいるが、この分では立花に任せてもよかったのかもしれない。しかし、はちゃめちゃに可愛いなこの子。仕草ひとつひとつが愛らしく、我関せずと自分を貫いて寝転がっている様子はポストカードにして売り捌けば1分足らずで完売するのではないかと言うぐらい美しく可愛らしい。いや待て、落ち着くんだ木更津いすみ。ここで気を取り乱してしまってはいけない。目を閉じ、腹式呼吸で目一杯、深呼吸をする。そして、ゆっくりと両腕で腹のあたりを持ち、猫を抱き抱える。猫はとても大人しく「にゃあ〜」と鳴きながら、俺の腕に収まった。一瞬の沈黙の後、悠木と立花が拍手をする。そして、生徒会は猫に勝利した。払わなくていい犠牲を払って。猫を抱え上げた俺を確認した会長は
「ありがとう・・・」
とか細い声を出した。その光景は二時間サスペンスドラマのエピローグのような、哀愁を感じさせる声色であった。
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