庭付き一戸建ての貸家

良前 収

風呂とキッチンとウッドデッキとキングサイズベッド

「いやー、いい感じじゃないっすか!? ここにしましょう!」

「ユウ、お前なぁ……気がはええんだよ」


連れの青年が興奮したように言うのに、今回の内見希望客である中年男は溜め息とともに返している。


「だってロクさん、この広さと造りっすよ! 風呂も豪華でキッチンもなんかオシャレで」

「台所なんてどうでもいいだろが」

「何言ってんですか、基本に決まってるっす!」

「そうかぁ?」

「断固そうっす! 庭もいいなー。テラス? ウッドデッキっつーんでしたっけ、こーゆーの?」


よくぞそこに注目してくれた! と営業担当者は宣伝文句を並べようとしたが、それより先に中年男がまた溜め息混じりに発言する。


「知るか。単に木の床だろ、すぐ腐る」


いいや、ちゃんと防腐処理してある最新素材で最新デザインのウッドデッキだ。会社がこの物件で一番費用をかけた改装部分でもある。と営業担当者が述べる前に、青年のほうが中年男に口をとがらせた。


「その言い方、風情ふぜいがないっす!」

「言葉に風情を求める趣味は持ち合わせてねえ」

「うっうっうっ、でもそんなとこもカッコいいっす、ロクさん」

「やめんか、気色きしょくわりい」


というより営業担当者にとってはこの二人が少し気色悪い。

いや、多様性の重要性と有用性が叫ばれる昨今、男性同士のカップルも普通のことだと捉えるべき。ある種の接客業である賃貸物件営業マンとしてそれは重々心得ているし、これまでにそういった客を担当してスムーズに成約まで至ったこともある。

だが、この二人はなんか、気色悪い。主に青年のほうが。


「ねーねー、ここにしましょうよー、ロクさんー。オレ、ここがいいっすー」


中年男にまとわりついている。なよなよとシナを作り、上目遣いでこびを売っている。

なんというか、場末ばすえのキャバレーの三流以下ホステスのような。そういう所に行った経験は営業担当者にもないが。


対する中年男も中年男で、溜め息をつきながらも、


「ったく、ユウはしょうがねえなぁ」


と受け入れてしまっている。まさに場末のキャバレーになんのかんの言いながら通っている常連客である。


ここで営業担当者も気付いた。この二人、男性同士でなくても、男性と女性でも女性同士でも、気色悪い。


「じゃあまあ、ここで決めるか」

「やったー!」


青年がバンザイをして喜んだ。営業担当者も危うく同じことをするところだった。隠れて拳を握るのはした。


この賃貸物件が――閑静な住宅街にたたずむ庭付き一戸建て、家具等完備で即日入居も可能、今ならかなりお安いお家賃で、と会社一丸となって頑張っても、一ヶ月以上住み続ける入居者がこの三年現れていない、完全完璧な事故物件が――ようやく次の入居者を決めた。


「オレ! 今日からあのキングサイズベッドで寝たいっす!」

「ああもう分かったから引っ付くな」


中年男がこちらを見たので、営業担当者は満面の笑みでうなずいてみせた。


「必要書類はすべてご用意しておりますので、今この場でご契約いただけますよ!」

「おう、それで頼むわ」


さあさあとリビングのテーブルへ入居決定者たちをいざないながら、彼らができるだけ長く住んでくれるよう、営業担当者は知っているあらゆる神全員へ祈った。


 ◇


賃貸契約および入居の際に請求される各種費用を全額現金で即渡したことで、この一戸建てに案内してくれた不動産会社の営業マンはとても上機嫌な様子で帰っていった。

お辞儀を繰り返しつつ黄昏たそがれの光の中を去っていく彼を見送ってから、六条――はロクと呼ばれている――は道路との境にある簡素だが瀟洒しょうしゃな柵の出入り扉を閉ざす。リビングから続く形のウッドデッキを横目でちらりと見て、貸家に再び入った。


「さて、夕顔」


玄関を上がった所で待ち構えていた青年――はユウと呼んでいる――に声をかけた。


「お前の見立ては?」


とは違ってすっと真っ直ぐな立ち姿の夕顔は、淡々と答えてくる。


メインの源は寝室、サブではあるものの単独で主となりうるのが庭のウッドデッキの下、他に対処すべきなのは台所と浴室です」


六条にもおおよそ分かっていた情報と意外な情報が混在していた。

ひとまずガチャリと音を立てて玄関ドアの内鍵を締め、中と外を区切る。それからもう一度家に上がった。


「台所は何故だ?」


水場である浴室が対象となることはしばしば起きるが、火も用いる台所というのはいささか奇異だ。

だが夕顔は変わらず淡々と説明する、端的に。


「台所で包丁をぎ、浴室で血と土を洗い流したので」


なるほど、と六条も理解しわずかに目を細めた。


「それぞれの場所での比率は?」

「寝室、庭ともには一割足らず。夫の分だけなら対処の必要もない程度でした。浴室は微量だけ夫も含まれますが、台所はすべてのものです」


げに恐ろしきは死霊しりょうにあらず、生霊いきりょうなり。そういった事例ケースであったらしい。


「やれやれ、これは骨が折れそうだ」


六条はかぶりを振ってぼやきつつ、まずは寝室へ向かう。後ろに青年が付き従った。


「六条さんなら楽勝でしょう?」

「生霊絡みは面倒臭いんだよ。相手が生きているからな」


とつながっているを余さず全て絶たなければならない。それに比べ、力尽くで全部叩き潰すという乱暴で雑なやり方も可能な死霊のほうが、基本的に楽だ。

すると夕顔がにこりと涼やかに微笑んで言った。


「そこは頑張ってほしいです。俺、今夜はぜひあのキングサイズベッドで寝たいので」

「……方便ほうべんじゃなかったのかよ」

「俺がうそをつかないこと、六条さんはご存じでしょう」


いくら対処の後とはいえ、怨霊おんりょうが渦巻き常人でさえ十日と心が持たなかった場所で、常人でない身で就寝しようとは恐れ入る。

これもまた、六条への信頼の一種なのだろうか。クスクス笑っている青年に六条は苦笑を返した。


そうこうするうち、ゆっくり歩いていても二階の最も奥まった位置にある寝室の前に着く。

ドアを開かずとも、六条でも感知できるほどのおんの気配。


「さあ、仕事だ」

「はい」


二人、表情を改め、手を伸ばし――。

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庭付き一戸建ての貸家 良前 収 @rasaki

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