夜明け

 あの人は私の光でした。どんな暗闇も照らし、私を導いてくれる太陽でした。


 初めて見たあの人の笑顔は、山端から射し込む一条に光に似ていました。灯台の明かりのように私の歩く道の先を照らしたんです。あの人に出会った瞬間、私は今まで夜にいたのだと分かりました。たった今、夜明けを迎えたのだと。眩しい光でした。目の潰れるような輝きです。白んだ視界にあの人の笑顔ばかりが鮮明に焼き付いています。美しい人でした。無邪気で、無垢で、子どものような人です。白く眩い太陽です。私はあの日、光を知ったのです。本当の光を。夜道をうすぼんやりと照らす街灯なんかとは違う、本当の光です。私の歩く道を照らしだす、いえ、見渡す限りの全てを照らし出す太陽です。私はずっと夜にいたのだと知らしめるような朝日でした。強烈な輝きです。ああ、なんて美しいのだろうと思いました。この世界はこんなにも鮮烈な色をしていただろうか、と。まるでその時初めて私の人生が始まったかのような、それほどの衝撃でした。私はもうこの光なくして生きていくことはできないだろうという確信がありました。

 あの人の光を、眩いことを知ってから、夜の来ることが怖くなってしまったのです。暗闇が恐ろしく感じられるのです。そんなこと、今までに一度だってありませんでした。本当です。私はずうっと暗闇の中にいたんです。光も知らぬのに、暗闇が恐ろしい筈がありません。仄かな街灯の明かりを頼りに歩いてきました。足元の不明瞭なことも、行く先の見えないことも、ちっとも恐ろしくなんてなかったのです。けれど、私はあの強烈な輝きを知ってしまいました。あの人という太陽を知って、全てが変わってしまったんです。日の暮れることがこんなにも恐ろしいだなんて思いもしませんでした。朝を待つ時間がこんなにも長く、焦燥と不安に満ちたものだったなんて、知らなかったんです。今までちっとも恐ろしくなんてなかったのに、一度光を知ってしまったら、夜が、暗闇が、太陽がないということがなにより恐ろしいことに思えてしまうんです。ああ、ああ、どうか助けてください。あの人のいなくなってしまった世界で、私はどう生きてゆけばいいのでしょうか。明けることのない夜を、どう生きてゆけばいいのでしょうか。暗闇を照らす街灯の光がこんなにも心許ないものだったなんて、知らなかったんです。もう光を知る前には戻れないのです。私の歩く道の先に何があるのか見えぬことが、恐ろしくてたまりません。あの人の眩い笑顔がもう二度と見られぬことが、あの人という太陽のないことが、夜が明けぬということが、なにより恐ろしいのです。あの人と出会うまで感じたこともなかった暗闇への不安が肥大して、私を圧迫するのです。今立っている場所すら薄暗く、鮮明に映らぬことが、その恐怖が、身の内で渦巻いているのです。

 どうか、助けてください。

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駈込み訴え 泉 京助 @izumi_kyosuke

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