『部屋』の幽霊

さすらいのヒモ

『部屋』の幽霊

 

 働いていた会社が突如の倒産、失業保険などで食いつなぐにしても転職の準備もしていなかったものだから、ハローワークの紹介によるアルバイトでその場を凌ぐことしか出来ないため、今まで暮らしていたアパートでは出費が多すぎる。

 それでも、実家の両親や兄姉とは相性が悪いために田舎に帰ることもためらわれ、孤独に生きていけるこの東京にしがみつくため、とにかく安い物件へと短い期間だけでも移ることを決めたのだ。


 そして僕は今、物件の内見を行っている。


「こちら大変おすすめの物件となっております。駅チカでコンビニ、スーパー、ドラッグストアも徒歩圏内にありまして、1LDKの角部屋。日当たりも大変良好です。セキュリティ面が少々不安なのですが、そちらに目を瞑ってもかなりの好物件と自負しておりますよ」

「五分ぐらい先に銭湯もあってさ〜、マジで風情があるから超おすすめだよ。大学生がドラクエ組んでやってくるのだけが難点やんだけどね。メシ屋もさぁ、商店街のうどん屋のカツ丼がコスパも最強だから、一回行ってみてね」


 なぜか、全くタイプの異なる二人の『業者』に挟まれた状態で、だ。


 一人はいかにも不動産屋ですと言わんばかりにカッチリとスーツに身を包んで、黒髪を爽やかにツーブロックに刈り整えた、ニコニコとした人当たりの良い笑みを浮かべている三十前後の男である。

 こちらは丁寧に物件について紹介をしてくれることからも分かる通り、本当に不動産屋で働いている人だ。


 もう一人は、まっ金金に染めた長い髪をうなじの位置で輪ゴムを使って一つにまとめて、派手な蛇柄の襟付きシャツに紺のジーンズを履いた、いかにも『ヤンチャ』をしていますという風体をした年齢不詳の男である。

 ふざけて生きている十代にも若作りの四十代にも見えるその男は、外見からではどのような方法で生きるための金を稼いでいるのか想像もつかない。


「あ、あの!」


 ニコニコとした笑顔とニチャニチャとした笑顔を浮かべているそんな二人に、僕は二人があえて避けていると思われることを問いかけていく。


「ほ、本当に……ここ、月1万5千円なんですか!? ベッドに冷蔵庫、テレビまで備え付きで!?」

「あー、ベッドと冷蔵庫は問題なく使えるけど、テレビの方は正しい形じゃ使えないぜ。スマホは繋がるけどインターネットには繋げれないし。まあでも電気代も水道代もガス代もかからねえから、そこは安心しろよ」

「訳あり物件なんですよね〜、本当に埋まって良かったですよ〜」


 僕が求めた『なんでもいいから安い物件を紹介してほしい』という要求に答えたのが、この駅チカ1LDK家具付きで月1万5千円という、狂った物件だった。

 明らかに事故物件なのだろう。

 ゴクリと、喉を鳴らしてしまった。


「じゃあ説明義務があるから俺から色々と注意事項含めて説明しとくわ」

「あ、はい、よろしくお願いします、道玄坂先生」


 道玄坂先生と呼ばれた、長い金髪を一つ縛りにした妖しげな男が前に出てくる。

 相変わらずニチャニチャとした、人を不快にさせる笑顔を浮かべる男だった。


「この物件、まあいわゆる事故物件なんだわ。五年前に、ガス爆発があって、そこからアパートは全焼。建て直しが行われて今は立地条件バッチリだから入居者は殺到。ただ、火元……ガス爆発で火元っていうのもなんか矮小化した言い方だけどよ、そういうのがこの部屋だから、出るんだよ」

「死者の幽霊が……!?」

「いや、『部屋の幽霊』がね。幽霊は居ないよ」


 ポカンとしてしまう。

 突然出てきた聞き慣れない言葉に、僕は間の抜けた様子でオウム返しをしてしまった。


「……部屋の幽霊?」

「そう、部屋の幽霊。土地霊って呼んでるけどさぁ、あいつらも人間みたいに未練が強いと出てくるのよ、幽霊に。家財道具一式、これ事件当時の入居者が使ってたやつだからさ。幽霊になってるけど普通に使えるのに、幽霊だから電気もガスも必要ないし、水道も繋がってないのにどっからか流れてくんの。マジで便利でしょ?」


 何を言ってるのか、未だにわからない。


 部屋の幽霊ってなんだ。

 幽霊だから電気もガスも必要なく電化製品が使えるっておかしくないか。

 水道が繋がってないのに幽霊だから水を出せるって、それ飲んても良いのか!?


「浮遊霊とか地縛霊とか背後霊とかだとさぁ、俺達と同じ人間の霊だから祓いやすいしぃ、動物霊だって本能みたいなのを俺達人間は理解してるから、除霊もアプローチけやすいのよ。でもさぁ、土地はなに考えてるか本当わかんないんだわ。どうやって憑き物を落とせばいいのか、もうさっぱり。だから、原則力技で祓うか、もう放って置くしかないのよ。なに考えてるかわかんない分、自然消滅するパターンも結構多いしね、あいつら」


 僕が覚えるべき当たり前の疑問も、その量が多すぎて唖然としてしまい、その間に相変わらず不快感を煽る二チャリとした笑みで、道玄坂先生は言葉を続けていく。


「ここもそう。ガス爆発した日ってさぁ、まだ建ってから1年しか経ってなかったのよ。そらこれからバリバリ建物もしてやってくぜって時にガス爆発で跡形もなく吹き飛んだら悔いも残るわなぁ。テレビは当時のが見れるから、まあそういうの楽しめるのなら良いと思うよ。ちょうど当時のドラマを放送されるし。シミケンのヒット作がリアタイで見れちゃうよ」


 幽霊テレビはその頃のテレビしか放映しないらしい。

 変なルールだ。

 僕はもう思考を放棄してしまっていたのだが、さすがに次の言葉には意識を取り戻さざるを得ないものが含まれていた。


「それで注意事項としては、土地霊にはよくある死因の再現を繰り返すやつだから、ここ、三ヶ月に一回、深夜の1:24に爆発します。気をつけてね」

「へっ!?」


 爆発……爆発!?

 どういうことだ!?


「まっ、三ヶ月ループのはずだから、その日は漫画喫茶なりビジネスホテルなり24時間サウナなりに逃げときゃ大丈夫大丈夫。そこを終わったらまた初日の状態に戻って生活できるからさ。

 あっ、でも持ち込んだものは燃えちゃうから気をつけてね。印鑑とか通帳とか、服とかもなくなっちゃうよ」

「三ヶ月ルーブで爆発!? し、しかも、その、『はず』ってどういう……!」


 爆発した部屋だから、また爆発するって意味がわからない。

 もちろん、これまでの話の意味だって理解できたわけじゃないけど、それでも限度というものがある。

 だけど、そんな僕の動揺も慣れているのか知らないが、淡々と不快な笑みとともに道玄坂先生は答えてくるのだった。


「あー……土地霊ってさぁ、なんか時間間隔も独特だから、時々こっちの観測とは別のスピードで動き出したりするのよ。住んでる人の生活習慣に影響されたりさ。

 でもまあ、多分間違いないと思うからさ。俺のお師匠様のお墨付きだし、俺自身も『まあ間違いないかなぁ』とは思うし。俺も時々見に来て確認するしさ。

 そういう意味でおすすめ物件だよ、ちゃんとスケジュール管理して事故日を毎回回避できる人ならね」

「こういう曰く付きの幽霊物件っていくつもありまして、当社は道玄坂先生に顧問霊媒師として契約させていただいているんです」

「さっきも言ったけど、月1はメンテに来るからさ。けど、それ以外の場合は別途料金いただくから、がっつり正規料金でね。

 あと、霊媒師・道玄坂事務所のコールセンターが開いてるのは火水木の13:00〜17:00までだから、そこはよろしくな」


 そこまて言い終わると、今度は不動産屋がパッと顔を明るくして話し始める。

 僕は一向についていけない。


「でもこの物件、本当におすすめですよ! 家財道具は揃ってますし、お家賃は法外ですし、電気ガス水道は全部過去の記憶から出るものだから実際はメーター動かないから無料ですし! おまけにループ周期も三ヶ月っていう長めの周期ですから!」

「一週間周期のやつもあったり、そもそも同居人の幽霊がいる物件もあるからなぁ。それに比べりゃ、ここはネタ抜きのマジなおすすめだよ。次の物件は一ヶ月ループで同居してるけど触れない猫が居て、駅から徒歩15分だからさぁ」


 なにがおすすめなのかもさっぱりわからない。

 でも。

 でもここ、1万5000円だ。

 それも光熱費は一切必要ないのは、あまりにも大きい。

 三ヶ月に一度どこかで泊まれば、これ以上の物件はない。

 二人の話を聞いてると、わずかにそんな気持ちが強くなっていく。


「欠点なんて、テレビがつかないのとネットに繋げれないのと、後ちょっとミスったら死ぬことだけだしな」

「そうそう、ちょっとミスがあったら死ぬだけですしね」


 そんなお得な物件なのに、彼らは住もうとしない。

 それが答えなのだろう。

 それなのに、不動産屋と霊媒師は、ニコニコ、ニチャニチャとした人でなしの笑みを浮かべている。


 どうする。

 実家には帰りたくない、一生を東京──でなくとも、あの田舎からは離れた地で終えてしまいたい。

 それぐらいの確執が僕と家族の間にはある。

 ならば、資金を貯められるこの物件はお得だ。


 だが、常に死がついてまわる。

 それは一見だと回避しやすそうだし、ループ周期は業者がアフターフォローしてくれるというし、よほどでなければデメリットなどないようなものだろう。

 死ぬ危険なんて、究極、どの物件にだって存在するはずだ。


 ああ、駄目だ。

 魅入られてるのかもしれない。

 幽霊なんて得体のしれないものを利用できるほど、人間は賢いわけがないのに。

 そんな危ないものにお得だからとしたり顔で近づくことほど危険なことはないとわかっているのに。

 華やかな東京の暮らしへの憧憬と、田舎の陰湿な家族たちへの嫌悪なんて今は考えるべきでないのに。


 この、霊媒師の道玄坂先生だって言ってたじゃないか。

 土地霊はわけがわからないパターンが多いって。

 未知は危険の類義語だってことぐらい、学のない僕だってわかる。


 なのに。

 僕はもう惹かれてしまっている。



 ごくり、と喉を鳴らす。



「どうします? お買い得ですよ?」



 そうして、僕は─────。




 □




「こちら大変おすすめの物件となっております。駅チカでコンビニ、スーパー、ドラッグストアも徒歩圏内にありまして、1LDKの角部屋。日当たりも大変良好です。セキュリティ面が少々不安なのですが、そちらに目を瞑ってもかなりの好物件と自負しておりますよ」

「五分ぐらい先に銭湯もあってさ〜、マジで風情があるから超おすすめだよ。大学生がドラクエ組んでやってくるのだけが難点やんだけどね。メシ屋もさぁ、商店街のうどん屋のカツ丼がコスパも最強だから、一回行ってみてね」

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