仲良し三人組の関係が壊れた日

ゴオルド

ブルーベリー味のガムを食べると胸が苦しくなる

 あれは小学4年の秋のこと。

 仲良し女子三人組だった私たちの関係に、ゆがみが生まれはじめていた頃のこと。



 残暑の厳しいある日の放課後、三人で遊びに出かけた。行き先は、ススキが群生している原っぱだ。この原っぱで地面を掘るのが、ここ最近の私たちの流行なのだった。

 そこは地下深くに有害な廃棄物が埋められていると言われていた。地面から毒が湧くかもしれないから、そこで遊んではいけないと大人たちから言われていた。

 そんな言いつけを守る子は少数派で、大抵の子供たちは、いつの時代もそうだろうけれど、気にせずススキの原っぱで遊んでいたし、私たち三人は有害な廃棄物とやらを見てみたくて、発掘作業にせいを出す始末であった。

 「毒」というものに憧れがあったのだ。それは私だけじゃなくて、毒信仰みたいなものがその地域の子どもたちにはあった。

 おままごとでは、紫色の葉っぱをすり潰し、これは毒だということにしていた。小学生にもなっておままごとをして遊ぶなんて年齢に合っていないとは思うが、しかし、おままごとの舞台は家庭から化学研究所や悪の組織へとうつり、役柄もパパやママではなく主席研究員とかマッドサイエンティストとかになって毒薬製造を部下に指示したり、徹夜で新薬を開発したつもりになったりするのが流行っていたので、一応の成長は感じられる。これはおままごとというより、ごっこ遊びというやつなのだろうか。

 また、理科の実験では、水にミョウバンを溶かしただけで、これは毒なんじゃ……などと言い出す小学生多数の地域だった。


 だから、毒が埋まっている原っぱは小学生の人気スポットなのだった。毒……と思いながら原っぱにただ突っ立っているだけでも、小学生は楽しくなってしまうのである。


 その日、原っぱは、金色だった。


 空のはじで燃える夕方の太陽は、金色の光を原っぱにおしむことなく投げかけ、ススキも小石も、バッタやトンボも潰れた空き缶も、心に複雑なものを抱えた少女たちも、何もかもを金に染め上げた。

 額を流れる汗すら金のしずくのようだったが、頬だけが労働と地面からの輻射熱によってオレンジ色に見えた。

 この光景を美しいと思ったのを今も覚えている。世界は美しく、そこにいる私たちもまた美しかった。たとえそこが産業廃棄物の埋め立て地でも、子どもたちは不審と嫉妬と怒りを胸に隠していたとしても、それでも美は美である。


 私たちはそれぞれ自宅から持ち寄ったシャベルで一心不乱に地面を掘った。

 続けて作業をすると息が乱れてしまうし、喉も渇く。なかなかの重労働なので、途中で休憩を挟む必要があった。しかし、それは個人個人のペースで勝手に休むという体制がとられており、三人一緒に休むということは余りなかった。


 何度かばらばらに休憩を入れて、三人が同時に掘っているタイミングで、それは起きた。


 くちゃり、という音が聞こえた。

 何だろうと音のしたほうを見ると、本間さんが慌てて顔をそらした。

 本間さん――ホンコちゃんはポニーテールの女の子で、最近、私との約束をドタキャンしてばかりだ。というか、ドタキャンするために約束をしているふしがあった。

「今度の日曜日、うちに遊びに来てね」と誘ってきて、行ってみたら留守だったり、「明日、待ち合わせて一緒に学校に行こうよ」といって、私を待ちぼうけさせたりするのだった。

 ホンコちゃんが約束を守るのは、三人で約束したときなど、ほかに人がいるときだけだ。私と二人の約束は故意に破ろうとしていた。故意ドタキャン。

 このことを私が責めても、いつも絶対に謝らず、かといって言い返しもせず、まるで耳が聞こえなくなったかのように無反応を貫くのであった。

 私に不満があるのだろう。ひょっとすると私を嫌いになったのかもしれない。

 そのくせ顔を合わせれば、友人らしく振る舞うのだ。


 ホンコちゃんは、私に顔を見せないよう器用に首を動かして、作業を続けた。


 不審に思いつつ、私も作業に戻った。


 すると今度は緒方さんが、くちゃくちゃと音を立てた。そちらに目をやれば、緒方さんも慌てて顔をそむける。


 二人とも、何かを隠しているのは明らかだった。


 緒方さん――オカリンはかなりの美人だった。3人でどこかに遊びにいくと、大人たちから「なんてきれいな子なの。もしかして親御さんは海外の方?」と尋ねられるほどだ。色白でほりが深く、鼻筋がすっとしていて、日本人離れした妖精みたいな美少女だった。

 オカリンはホンコちゃんの子分で、ホンコちゃんの言いなりなのだけれど、私にも気を遣うものだから、三人組の調整役というか板挟みというか、気苦労の多い立場になっていた。気持ちの優しい子なのだ。


 そのオカリンが、慌てて顔をそむけている。

 ホンコちゃんは顔を伏せたが、ニヤニヤしているのは隠せなかった。


 二人して、何か意地悪なことをしようとしているのに違いない、そう私は決めつけた。

 だが、私は何も言わず、発掘作業に戻った。

 何も考えないようにして、一生懸命に掘る。

 掘っている間は何も考えずに済む。


「ふふ」

 顔を上げると、ホンコちゃんはフーセンガムを膨らませていた。

 さっきからくちゃくちゃ言っていたのはガムだったのだ。二人だけでガムを食べていたということか。


 私を仲間外れにする遊びでも始めたのだろう。

 私はうんざりしていた。

 ホンコちゃんは以前から私に故意ドタキャンを仕掛けてきていたが、もういいかげんにしてほしかった。


 私は手をとめて、二人に向き合った。

「もうさ、いいかげんにしてくれないかな」

「え、何が?」

 ホンコちゃんはニヤニヤしている。

「一体何が不満なのか、はっきり言ってよ。嫌がらせして遠回しに文句言うようなの、卑怯でしょう」

 ホンコちゃんは口を閉じて、何も聞こえないという顔をした。故意ドタキャンを責められたときにする、あの顔になった。


 またか、と思った。

 また、こうやって逃げるのか。

 

「そういう卑怯なところ、古牙こがくんとお似合いかもね」

 それはホンコちゃんには言ってはいけない言葉だった。だが、私は自分が嫌がらせの被害者で、ホンコちゃんが加害者だと思い込んでいたから、攻撃的な言葉はするすると出てきた。元来言葉の攻撃力が高いタイプだ。クラスのいじめっ子たちも私からの攻撃をおそれて、私の前ではいじめを控えるぐらいである。それほどの凶器を、私は今友人に向けている。正義は我にあり。何の躊躇いもなかった。


「古牙くんと付き合えば? それができるなら、だけど」

 ホンコちゃんの顔が濃いオレンジ色になった。血液と夕日が混じると、こういう色になるのだ。

 ホンコちゃんは古牙くんに片思いをしていた。私は片思いであることを知った上で挑発しているのだ。なんという性格の悪さだろうか。

 オカリンはハラハラした顔をしているが、口を挟んでくることはない。こういうときに何か発言するような性格ではない。


 ホンコちゃんは、シャベルを地面に突き立てた。

「ゴルちゃん、勘違いしてない? 古牙くんはゴルちゃんのことが好きって言ったけど、それは女としてじゃないからね、ただの友だちっていう意味でしょ?」

 私はせせら笑った。

「勘違いしているのはホンコちゃんのほうだよ。古牙くんは私のことが好き。でもそれは友だちとしてじゃなくて、サンドバッグとして好きっていう意味なんだから」

 ホンコちゃんは眉をしかめた。意味が理解できずにいるようだ。


「古牙くんね、殴っても泣かない子が好きなんだって。だから私が好きなんだって」

 古牙くんは、唐突に女子の背中や後頭部を殴りつけるような男子だ。痛みとめまいでうずくまる女子を見ると興奮すると言っていた。でも泣かれると萎えるのだという。私は殴られても泣いたりしなかった。ただ機械的に殴り返していた。古牙くんは、殴り返してきた女子をさらに殴るのも「ぐっとくる」と言っていた。


「そんな男を好きになるなんて、ホンコちゃん、頭おかしいんじゃない。あいつ変態だし異常者だしクズだし、そのうち女を殺して警察に捕まると思うよ」

「古牙くんのこと悪く言わないでよ! 古牙くんは、あんたなんかよりずっと良い人なんだから。スポーツが得意だし、勉強もできるし、格好いいし……」

 私は話の続きを勝手に引き取った。

「お父さんはお医者さんで、おうちは裕福だしね。もしかしてホンコちゃんってお金持ちの子に憧れてるのかな? ねえ、それってどうして?」

 これがいじめっ子をも震え上がらせる言葉の凶刃である。相手のコンプレックスを推測し、容赦なくたたく。一番言われたくないであろう言葉を私はすぐさま繰り出せる。普通は思っても言えないことが、何の抵抗もなく言えた。当時の私は人の心を持っていなかった。性格の悪いクソ女児だったのだ。


 ホンコちゃんの家は貧しくて、でも、それが三人の間で話題に上がったことは一度もなかった。ずっと守られてきた友情の砦を、私が粉々に破壊した瞬間であった。

 ホンコちゃんもオカリンも言葉をなくして、立ち尽くしていた。


 私は脇に置いていた布のナップザックを取り上げ、シャベルをかついで、ひとり家に帰ることにした。

 彼女らとすれ違うとき、甘い香りがした。ブルーベリーガムの香りだった。

「くそが」と、吐き捨てて立ち去った。



 自宅に戻り、私は布のナップザックを壁に向かって投げた。むしゃくしゃしていたのだ。

 ナップザックは壁に当たると、かつんと硬い音を立てた。

「え、今の音、何……?」

 ナップザックにはハンカチとティッシュしか入れていなかったはずだが。

 胸がどきどきする。

 嫌な予感でおなかもぎゅっと痛くなった。私はおそるおそるナップザックを覗き込んだ。

 プラスチックのケースに入ったガムと、手紙が入っていた。ガムはおそらく二人が噛んでいたものと同じものだ。ブルーベリー味の丸いガムが、ケースの中でころころと音を立てた。


 手紙はホンコちゃんからのものだった。

「ヤキモチをやいて、意地悪してしまいました。ごめんなさい」と書かれていた。


 ああ……。


 あああああ。


 あああああああああああああ!



 私は意地悪をされていると勘違いしていたが、二人はサプライズ謝罪を計画していたのだった。

 それなのに私は仲直りの機会をつぶしてしまったのだ。


 ホンコちゃんがまたもや意地悪をしようとしているのだと決めつけて、言ってはいけない言葉をぶつけてしまった。ホンコちゃんはストレートに気持ちを言える子じゃないから、こういうやり方になってしまっただけなのに。

 オカリンについても、ホンコちゃんの子分だけれど、一緒になって意地悪をするような子ではないのだ。心の優しい子なのだ。それを知っていたくせに、意地悪をしていると決めつけてしまった。オカリンを信じ切れなかった私はなんて心が醜いのだろう。


 あんな暴言を吐いたあとでは、私には仲直りの道筋は見えなかった。というか、どう考えても不可能である。いや、勇気が出なかったというのが本当だろう。言い過ぎてしまいましたと頭を下げて、それで拒絶されて傷つくのが怖くて逃げたのだ。


 その後すぐ私の転校が決まり、二人とは気まずいまま別れてしまい、それきりだ。


 ああ、私の馬鹿。

 なんて馬鹿なの。

 そしてホンコちゃんよ……。私が言えた立場じゃないけれども、謝罪にサプライズ要素は要らないんじゃないかな……。


 多分だけど、ホンコちゃんの予定としては、私が「二人だけガム食べてる、いいな」と言い、それに対してホンコちゃんが「ふふ、ゴルちゃん、バッグの中を見てごらん?」と言い、私がガムと手紙を発見してハッピーエンド……みたいな感じのストーリーだったのだろう。

 いやあ、どうなのかな、これ。私が言うのもアレだけど。



 あーあ、という気持ち。あーあ。


 喧嘩をしたからって、たとえどんなにぶち切れていたとしても、言ってはいけない言葉がある。

 とりかえしのつかない言葉を言わずに自分を抑える良心のリミッターみたいなものが、私には備わっていなかった。大人になってからリミッターを手に入れることができたので、今現在は逆に言われたい放題で何一つ言い返せないみたいなことも発生しているが、昔の自分よりずっと好きだ。


 たまに「言いたいことを言える性格になりたい」などと言う人がいるが、人に向かって容赦なく「くそが」などと言う人生なんか黒歴史にしかならないから、言えない人生のほうが良いと思うよと言いたい。

 言うべきことは言えるけど、言わないほうがいいことは言わない、というのが理想だが、それができれば苦労しない。大体の人はどちらかに偏るのではないか。言い過ぎるか、言わな過ぎるか、どっちか。

 だから、私は言わないほうの人生を選んだ。ちゃんとうまくやれている自信はないが。無意識にやらかすことがあるのが、言葉の怖いところだ。


 私ったら昔からこういう性格なんですよ? という顔をしてこれからも攻撃力は低めに生きていきたい。が、それはそれとして、私にはこういう過去があったのも事実である。


 あと、三人で頑張った発掘作業だが、廃棄物は発見できなかった。意味もなく地面を掘っただけだった。あーあ。


 <終わり>

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