芥川竜之介の「妄に道徳に反するものは経済の念に乏しいものである」という言葉が思い起こされる物語です。
社会人になったというのに「青春を取り戻す」ことに執心する非モテ主人公の姿は痛々しく滑稽でありつつも、どこか気魄を感じさせます。
その行動がほぼ一貫して不経済であるところ(BMWの魅力には屈していたが)が主人公を主人公足らしめているのです。
芥川は「妄に道徳に屈するものは臆病ものか怠けものである」とも言っています。
その点この物語の主人公は道徳に屈しません。
道徳によって与えられる時間と労力の節約という恩恵に甘んじることを良しとせず、実ることのない横恋慕を抱いて奔走する様は逞しい強者の姿であり、読者に勇気を与えてくれるでしょう。
ちょっとキモいけど。
「おまえら聞け。静かにせい。話を聞け。男一匹が命をかけて諸君に訴えているんだぞ。今、ここは、非モテ男たちのご都合主義的な幻想(異世界転生、、学園ラブコメ、etc)で溢れかえっている!しかし、諸君らが現実で気になっている女性というのはだな。大抵マッシュルーム男かツーブロック男に奪われてしまうんだよ。どうしてそれに気がついていないふりをするんだ。諸君らは武士だろう?諸君の中に一人でも現実で俺と一緒に戦う奴は居ないのか」
という筆者の悲痛な叫びが聞こえてくるようである。
井伏鱒二は自作について「意地悪の現実に反省を促すためのラッパを吹いたつもりであった」と述べたらしいが、この筆者の哀しくも可笑しいラッパの音色が、昨今のネット小説界隈を牛耳る有象無象のご都合主義にかき消されてしまわないことを切に願う。