『ナイトウォーカー』

小田舵木

『ナイトウォーカー』

 久しぶりに夜の生活を始めた。

 …別におみずの世界に入った訳ではない。

 ただ単に。単発バイトで夜のシフトを選んだだけだ。

 私はどちらかと言うと朝型の人間である。夜は早々に寝ることにしている。

 だから。夜のシフトを選ぶ事自体が珍しい。

 夜なんて。働くモノじゃないと思うが、まあ、気分とスケジュールの兼ね合いの問題だ。

 

 昨日が夜シフト初の出勤日であった。

 家を出るのは15時。おやつ時であり、普通なら退勤しかかっている時間帯である。

 変な気分になったもんだ。近所を歩きながら、夕方の景色を見ていたのだから。

 これから仕事だと思うと。間違ってんなあ、もう働きたくねえなあ、と思えてくる。

 

 駅に着いて。電車を待つ。

 ●R九州、鹿●島本線はこの時間帯には電車を減らしている。

 お陰で。いつもより多分に待つハメになる。まったく。これだから田舎は。

 

 電車が来る。

 いつもなら、朝方の電車に乗っているので、ラッシュに揉まれるが。

 今日はデータイム。その上、春休みが始まった時期で。浮かれた大学生が多い。

 私は大学生の世界一どうでも良い会話を聞きながら職場を目指す。

 

 職場の近くの駅に着く。

 予定よりも早い到着。私は駅の待合室で暇を潰す。

 ここでも。浮かれた大学生に遭遇。まったく、この時期は皆さん浮かれてらっしゃいますな。

 私は大学生カップルの会話に心の中でツッコミを入れながら時間を潰す。

 

 適当な時間が経ったら。私は駅を後にする。

 やっぱり。夕方の時間に街を歩くと違う表情を見せる。

 私の通勤経路は小学校と中学校を横切る。

 この15時半頃は。皆、学校が終わって。帰る時間帯だ。

 ランドセルを背負った小学生が元気に道を爆走。それとすれ違う汗まみれのロン毛の私。これ、もしかしたら事案になるのかしらん、と思いながらすれ違う。

 

 中学校に差し掛かれば。

 授業が終わって。部活の準備の真っ最中。

 ううむ。青春。

 学齢期を不登校で過ごした私にも。少しは部活の経験がある。

 同学年の奴らとつるみながら。雑用をこなしたもんだよなあ。

 

 私は昔の思い出に浸る。

 あまり良い青春ではなかったな。

 …働く前にアンニュイな気持ちになってしまった。

 

 しばらく歩けば。いつもの工場に到着。

 ここは何時ても同じ雰囲気を放っている。

 さっさと門を潜って。私は待合室に行き。

 待合室でチェックインを済ませ。

 更衣室で着替える。

 今日は。いつもと違うセクションに飛ばされる事になった。

 私は。単発バイトなので。出勤する度に違うセクションに飛ばされるのだが。

 最近はある程度、セクションが固定されていたはずなのに。今日は2ヶ月ぶりに行くセクション。ああ。仕事の仕方覚えてないぞ。

 

 慣れてないセクションに到着して。

 仕事を始める。やっぱ2ヶ月ぶりに入ったセクションの仕事なんて覚えていない。

 社員の説明を聞きながら、なんとかかんとか仕事をこなす。

 まったく。慣れないセクションでの仕事は骨が折れる。

 たかが単発バイトの仕事だが、初見プレイはテンパる。

 

 えっちらおっちら仕事をしている内に。

 このセクションでの仕事が途切れてしまい。

 他のセクションに応援を頼まれる。

 …参ったな。他のセクション。

 この他のセクション、某セクションは。単発バイト間でも評判の悪い悪魔のようなセクションなのである。

 高速で流れるベルトコンベアの上の製品を作っていくセクションなのだが。

 コレが案外に難しい。それに。高速で流れるベルトコンベアのせいか、そこに居るスタッフも荒んでいるのだ。

 

 某セクションでの応援は2時間。

 あーマジで行きたくねえ、とか思いながら某セクションに移動し。

 早速ベルトコンベアの中に組み込まれる。

 どうやら。私の仕事は。流れてくる半製品にほんの少し不定形なブツを乗せる仕事らしい。

 これ。文字にして書き出すと超簡単な作業に見えるが。

 実際にやると。かなり面倒くさいし、そもそも作業スピードに着いていけない。

 私は最初、まったく作業に着いていけず。交代の人員に迷惑をかけてしまった。

 …だが。こんなセクションに私を応援に入れた事が間違いなのである。

 知ったことか。

 

 応援での2時間は。

 かなりゆっくりと時間が流れた。

 普通、慣れない仕事をしていると、時間はあっという間に流れていくが。

 ベルトコンベアが高速で回転している。時間はあまり流れない。だけど作業はガンガン流れていく。

 ああ、ここは。まさしく地獄だな、と思う。

 作業に着いていくので必死で。でも時間はあまり経たなくて。

 途中で泣き出しそうになったものだ。

 

 半泣きの状態で2時間を過ごす。

 そして。2時間が経った瞬間、私は某セクションからダッシュで逃げる。

 ああ、ここでの応援が2時間で良かった。

 この某セクションには。2時間以上は絶対に入りたくない。

 

 最初のセクションに戻れば。

 仕事が待っていた。

 あの魔の某セクションに比べれば、マシな仕事である。

 まあ。少し肉体労働チックであるが。

 

 私は肉体労働をこなしながら時計を見る。

 19時。いつもなら家に帰って一杯んでいる時間帯である。

 なのに働いている…妙な気分だ。

 

 19時になってくると。

 工場内の人間は夜勤の人間に切り替わる。

 この工場は日中はお姉さま方がたくさん居るが。

 流石に。夜勤では男性比率が上がる。

 そして…失礼な物言いであるが。少し変わった人が多くなったような…そんな気がする。

 

 私が。普段の生活リズムを放棄して夜勤シフトに仕事を入れた理由は。

 ここにある。この工場の夜勤の雰囲気を見ておきたかったのだ。

 一応。そのうち、短期バイトを辞めて、この工場のロングタイムの求人に応募するつもりなのだ。

 

 …今日、夜勤の雰囲気を見た感想は。

 …まだよく分からないと言っても良いが。

 どうなんだろう?

 変な人が多そうな夜勤で行くか、お姉さま方に揉まれる日勤で行くか。

 悩ましいモノである。

 

 私はせっせと仕事をこなして。

 退勤時間である22時を迎える。

 今日の仕事は6時間…いつもなら余裕しゃくしゃくなのだが。

 今日は妙に疲れた。

 慣れない仕事とあの某魔のセクションのせいに違いない。

 

 私は更衣室にダッシュで向かい。

 さっさと着替えて。工場を後にする。

 退勤したのは22時10分。辺りは静まりかえっている。

 静かな街を歩いて。私は駅に向かう。

 いつもなら。もう少し、ガヤガヤした街なのだが、今は22時。

 流石に。皆、家に帰って寛いでいるのだろう。

 

 ナイトウォーカー。そんな言葉が頭を過ぎる。

 別に何らかの意味を込めた言葉ではなく。

 単純に夜を歩いている私はナイトウォーカーなのだ、久しぶりに。

 

 駅に着いて。

 昼間より本数の少なくなった電車を、呑み会帰りの大学生と共に待つ。

 良いなあ。羨ましい。昔は私も。こんな時間に呑み歩いていたよなあ。

 ま。私も歳を取って。更には貧乏なので。呑みとは縁が無くなってしまった。

 

 電車が来て。電車に乗って。

 私は家へと帰っていく。

 どうして夜の電車って呑み帰りのヤツが多いかなあ。

 こんな時間に酒を呑んだって聞かされたら。自分もさっさと呑みたくなってしまう。

 

 最寄りの駅に着けば23時前。

 とりあえず24時間営業のスーパーに向かう。

 だが。この時間帯は惣菜が皆売り切れていて。

 飯を捻り出すのに時間がかかってしまう。

 

 スーパーを出れば。

 暗い暗い道を辿たどって。私は家に帰る。

 私の家の近隣は。工場だらけなので。街灯が殆どない。

 そんな静まりかえった闇を歩いていると。

 ナイトウォーカーの単語が浮かんでくる。

 暗い、静まりかえった道を行くナイトウォーカー。

 これは私の人生のメタファー隠喩なのかも知れない。

 私は延々と闇の中を歩いていくのかも知れない。

 だが。何時までも闇の中には居たくない。

 だから。少しずつでも行動を起こし、少しずつでも自分を変えていきたい。

 今日のこの一日が。その第一歩になりますように。

 

 

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『ナイトウォーカー』 小田舵木 @odakajiki

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