䞍動産詐欺垫ず結婚詐欺垫ず京郜のマンション

成井露䞞

🏢

 詐欺垫には特有の匂いがある。その男の銖筋から埮かに流れおくる。

 だけど盞手が怪しかろうがお金はお金だ。

 莋金でもない限り私の利益は揺らがない。

 それに加えお盞手が詐欺垫だからこそ、自分の方が盞手を隙し返しおやりたいずいう思いが吊定し難く沞き起こっおきおいた。

「いかがでしょうか こちらからの眺めも圓物件の特城でございたす」

 仮に蚭けられた肌理の矎しいカヌテンを暪に開くず、県䞋には鎚川の流れから、その先に東山の緑が連なっお芋える。

「玠晎らしい。これこそ私が求めおいたものかもしれたせん」

 圌は私の隣に歩み出るず、軜く驚いたような身振りしお芋せた。䞡手を開いお。

 衚情を盗み芋るず、暪顔で双眞は玔粋そうに茝いおいた。

「そう蚀っおいただけるず、お連れした甲斐がありたす。実はこちらの物件は特別な物件なんですよ。京郜の䞭でもこのような物件は決しお倚くはございたせん」

「ず、蚀いたすず」

 ガラス窓の倖を眺めおいた芖線が私を向く。私は心の䞭でほくそ笑む。食い぀いおきた。

「ええ、私もこのような特別な物件をいく぀も担圓しおたいりたしたが、やはり京郜で眺めの良い物件ずいうのは特別なのです」

「  『高さ制限』ですか」

 男は顎に右手をやる。真摯な衚情が人柄の良さを衚しおいた。

 その無邪気さず無垢さこそが仮面であるこずは、同族の匂いが教えおくれおいる。

 だけど私はたるでそれに気づかないみたいに続ける。

「ええ、その通りです。京郜の方ではありたせんのに、よくご存知ですね。――いえ、さすが、ず申し䞊げるべきでしょうか」

「それはたあ垞識ず蚀っおも良いんじゃないですか。僕だっお䞀応、京郜の物件を探しにやっおきた蚳なのですから、それなりの䞋調べはしおきたすよ。それにこの街には、少しご瞁もありたしおね」

「ず、蚀いたすず」

「――それに実は幌少の頃にこの街に䜏んでいたんですよ。小孊校幎生くらいたでだったかなぁ」

 圌は懐かしそうに目を现めた。目尻に埮かな皺が寄る。

「たぁ。そうだったんですね。では懐かしいでしょう ある意味では里垰りずでも蚀えるのでしょうか」

 䞡手を合わせお、目を茝かせおみる。自分の䞀挙手䞀投足、そしお衚情が今どのように芋えおいるかは、党お蚈算されおいる。私はきっず圌には玔粋に圌ずこの物件のご瞁を祝犏する䞍動産コヌディネヌタヌに芋えおいるこずだろう。

 圌は照れくさそうに頭に巊手を圓おる。ずおも無邪気そうに。だけどそれはやはり圌の蚈算なのだず思うのだけれど。

「いえいえ。実はもうほずんど蚘憶がないんですよ。幌少の頃䜏んでいたず蚀いたしおも、実は幌皚園の途䞭で移っおきたしお、幎ほど暮らしただけだったんです。だからあたり蚘憶がないんです」

「そうなんですか」

「それに䜏んでいたのはこんなに街の䞭心ではありたせんでしたからね。こんな莅沢な堎所には䜏めなかったですよ」

 鎚川は京郜の名所。街の経枈的にもこのあたりは京郜の䞭心にある。芳光名所ぞのアクセスの良いこの蟺りは千幎の郜の䞭でも特に高玚な地域になる。

「でも今はこんな堎所にも手が届くようになられたのですね」

 癒やしを䞎えるような、尊敬を瀺すような、そんな笑顔を䞎える。

 男性ずいうのは努力を女性に耒められたい生き物なのだ。こうやっお適時的に承認を䞎える人間に、知らない内に心を蚱す。契玄を埗るのは、そういった小さな積み重ねなのだ。

「いえいえ、もずもずはこんな高䟡な物件を取埗しようずは思っおおりたせんでしたよ」

「ず、蚀われたすず」

「この物件にたどり着いたのは、本圓にご瞁なのです」

 そこたで口にするず䞀旊、蚀葉を止め、私の方に照れくさそうに芖線を向けた。

「  笑わないでくれたすか」

「もちろんです。䜕をおっしゃったずしおも、笑ったりなんかいたしたせんが」

 䞍思議そうに銖を傟げおみる。圌は芖線を床に䞋ろした埌、たた窓の倖、京郜盆地の東方ぞず向けた。県䞋には川端通りを南北に走る車が、蟻の列を䜜っおいる。

「ガラス越しにあなたの姿が芋えたしおね。その姿が気になりたしお」

「――え どういう意味でしょう」

「あなたが、なんずいうか、ずおも矎しくお。どこか懐かしくお」

 その蚀葉に私は芖線を䞊げる。だけど圌はどこか気恥ずかしそうに頬を赀らめたたた、芖線を東の空に向けたたただった。

 私はその暪顔をたじたじず芋䞊げる。

 矎容には気を䜿っおいるし、商売柄、それを歊噚にしお契玄を成立させおきたこずだっおある。だから「矎しい」なんお蚀葉を蚀われるのには慣れおいる。だけど、添えられた蚀葉が少し気になった。

「ありがずうございたす。でも、お䞖蟞を蚀っおも契玄代金は安くなったりしたせんよ」

 わざずおどけお返しおみる。圌は照れたように「お䞖蟞なんかじゃありたせんよ」ず銖を竊めた。

「でも『懐かしい』っおいうのはどういう意味ですか。たさか元カノに䌌おいるずか、そういうこずじゃないですよね それっお女性にずっおはNGなんですよ」

「いやいや、違いたすよ。そうじゃなくお、なんずなく思ったんです。あなたず話すず楜しいだろうな、萜ち぀くだろうなっお」

 圌は䞡手を小さく胞の前で振る。少し困ったように。照れたみたいに。

 きっずこれも挔技だ。だけど挔技でもなんだか嫌な気はしなかった。

「そうなんですね。でも、そういうこずなら、安心したした」

「安心  ですか」

「ええ。きっずそれはお客様ずこの物件を぀なぐご瞁なんですよ。きっず私を通しお、お客様はこの懐かしい京郜のマンションず出䌚われたのですわ」

 人差し指を立おお芋せる。圌は盞奜を厩した。

「䞊手いこず蚀うなぁ。さすがは䞍動産の営業さんだ。あのお店では䞀番だったりするんですか」

「いえいえ、私なんおただただ駆け出しですから。お客様にこの物件を契玄いただければ営業成瞟トップになれるかもですけれど」

 少し甘えたみたいに唇を尖らせおみせるず、圌は「ははは、䞊手いこずい蚀うなぁ」ず流した。

 この蟺りは男女による䜿い分けだろうか。「駆け出し」だなんお䞍甚意に女性客に蚀えば「自分は若いアピヌル」ず取られるこずもある。営業成瞟に぀いおもそうだ。だけど男性は埀々にしお、若い女性に甘えられるのが奜きだし、たたそのパトロンみたいになっお「自分の力で女性を満足させる」のが倧奜きだ。だからこういう蚀いたわしが正解なのだ。

「でも、どうしおだかあなたに『懐かしさ』を芚えたのは本圓ですよ。子䟛の頃に知っおいたのかもしれない」

「倱瀌ですがお客様が幌皚園児の頃、私、生たれおたせんよ」

「それなら前䞖かな」

「――前䞖」

「そうあなたがお姫様で、僕がそれに憧れる階士だったずか」

「――たぁ」

 驚くほど無邪気で、倢想的な蚀葉に、ちょっずだけ胞の奥が跳ねた。

 さすがにそんな蚀葉をかけられたのは初めおだ。

 前䞖がお姫様だったずか。小さな頃、どれほど憧れただろうか。

 さもしい珟実環境が、自分の身䜓ず心を蝕む䞭で。

 本圓は自分がお姫様で、い぀か階士様が迎えに来おくれる。

 女の子はい぀だっおシンデレラストヌリヌに憧れる。

 だけどそんなこずはなくっお。珟実はいやっおいうほど珟実で。

 その果おに、私は詐欺垫なんおいうどうしようもない職業に身をや぀したのだ。

「お客様はロマンチストなんですね」

 そんな平凡な蚀葉を返すしかなかった。

 胞の䞋。腹の奥。そこで知らない液䜓が揺らいでる。

「ですね。私もい぀もはこんなこずは蚀わないんですよ。きっずあなたが初めおです」

 その蚀葉で思い出す。

 圌が詐欺垫であるずいうこずに。

「あなただけ」「お客様だけ」「あなたが初めお」「あなたが特別」

 それは私たち詐欺垫の䜿う垞套句だから。

 圌が䜕の詐欺垫なのかはわからない。

 だけど圌が詐欺垫であるずいう確信が私の䞭にあった。

「  お  お䞖蟞を蚀っおいただいおも、䜕も出たせんからね」

 頬を赀らめお、蚀葉を぀たらせる。

 ちゃんず私は照れるこずが出来おいるだろうか。

「倱瀌したした。――でも、お䞖蟞なんかじゃないですよ。本心です。この内芋も、この物件に興味があった以䞊に、あなたず䞀床、ちゃんず話しおみたかったずいうのが倧きいんです」

「それは公私混同じゃありたせんか、お客様。個人ずしおは光栄ですけれど、もしご契玄されるお぀もりが無いようでしたら、お仕事ずしおは困りたすので  」

 ちょっずどうしお良いか分からなくお俯く。

 こういう仕草の方が、職業に䞭実な女性瀟員に芋えるのだから。

 男は「ごめんなさい」ず本圓に申し蚳なさそうになっお、たた芖線を倖にやった。

 そしお口を閉ざした。静寂が二人っきりの空間を満たす。

 フロヌリングのLDK。物件情報ではこの郚屋だけで四〇畳。

 貧乏ぐらしが長く続いた身には、ただ光熱費が心配になる。

 どうしお圌が蚀葉を切ったのかがわからない。

 包み蟌む静寂が、だからこそ、自分たちが今、二人っきりであるこずを意識させた。

 玺色のスヌツに包たれた现身の身䜓。

 幎霢は私より、䞀回り䞊だろうか。

 瞳は䜕凊か無邪気で、だけどその奥は芋えない。

 どこか苊劎ずいう地局がその底に存圚しおいる気がする。

 もしかするずこの人は、私ず同じような半生を生きおきたのかもしれない。

「――あの」

「あなたは私が䜕の甚途で、この郚屋を賌入しようず考えおいるか、お気づきですか」

 私が静寂をなんずか砎ろうず、小さく声をかけたその瞬間、圌は口を開いた。

 どこか意を決したような声色で。

「ご自宅甚ず、お聞きしおおりたすが  。違うのですか 本物件は営業甚にはお売りできないこずになっおおりたすが」

 圌はあらためお私の方に向き盎るず、ゆっくりず銖を振った。

「もちろん自宅甚です。だけど䜕のために自宅を求め、誰ず䜏むのかずいうこずんあんです」

 圌は䜕を蚀おうずしおいるのだろう。

 心が答案を求めおさたよう。

 芋䞊げるず少しだけ目を现めた圌の笑顔。

 自分の頬が意図を離れおほんのりず赀く染たるのを感じる。

 私に良く䌌た瞳の圌が、私を芗き蟌み、その氎晶の䞭に私が映る。

 胞の奥に知らない液䜓がせり䞊がっおくる。

 䞋腹郚でそれが満ちおいく。

「もしできるならこの郚屋で僕は新しい生掻を始めたい。本圓に自分の心が蚱せそうな盞手ず。あなたず出䌚っお、あなたず話しお、あなたにこの郚屋を案内しおもらっお、確信したした。きっず突然だず思われるかもしれないし、きっず戞惑われるだろうず思いたす」

 圌の手がすっず䌞びる。そしお私の䞡手を包みこんだ。

「僕はこのマンションで貎方ず䞀緒に暮らしたい。もちろん二億円ずいう費甚も即金で支払いたす。だから僕の、恋人になっおくれたせんか」

 突然のこずに蚀葉が出ない。ただ目を芋開く。

 頬が緩む。目の奥から䜕かが溢れ出す。

 ずっず埅っおいた。い぀か階士様が迎えに来おくれるのを。

 圌の顔を芋䞊げる。そんの瞳を芋返す。

 私に良く䌌たその瞳を。

 黒く柄んだその瞳。

 無垢な瞳はきっずその奥には幟重にも重なる過去を積もらせおいる。

 私の䞭で知らない措氎が起きおいる。

 心は譊報を鳎らしおいるけれど、䜓はもう動き出しおいる。

 だから、私の唇が挏らした蚀葉に私が気づいたのは、それが音ずなった埌だった。

「私なんかでいいんですか」

「君がいいんだ。そしおもし君が僕なんかで良いず思っおくれたなら、その時は、僕ず――結婚しおほしい」

 南䞭の倪陜から差し蟌む光が、ガラス匵りの壁面を通っお、圌の頬を照らした。

 

 光に包たれお私は幞せだった。この瞬間が停りなのだずしおも。

 だけど問題が二぀ある。

 䞀぀目の問題は、私が詐欺垫だずいうこず。

 二぀目の問題は、圌もきっず詐欺垫だずいうこずだ。


 手を繋いだたた、解攟的なガラス窓に身䜓を預ける。

 二人䞊んで芋䞋ろした鎚川で、子䟛たちが飛び石を飛んでいた。



 




 

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䞍動産詐欺垫ず結婚詐欺垫ず京郜のマンション 成井露䞞 @tsuyumaru_n

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