少年の日の思い出、或いはガレージキットとの邂逅
湊利記
少年の日の思い出、或いはガレージキットとの邂逅
――おい、
時は90年代後半、世紀末である。
メンテナー家が黒歴史を冬の宮殿に閉じ込める少し前。
教えてくれた友人は、クラスの中で一番ガンダムに詳しい人間だった。ついでにクラスで一番頭が良い。そんな彼が言うのだから、多分本当に
しかし、どんなMSなのか分からない。繰り返すが、ガンプラにHi-νは存在していない時代である。どんな形をしているのか、まったく僕は想像出来なかった。
何処でそれを見たのか、僕は彼に尋ねてみた。そうしたら彼は「お店に売っていたんだよ」と事も無げに答えた。繰り返すが、この時代にHi-νガンダムのガンプラはない。完成品のロボット魂やメタルビルドが出るのもずっと先の話だ。ますます以て、意味が分からなかった。
困惑した顔の僕に彼は「プラモデルじゃあないよ」と言った。続けて、「ガレージキット」なんだ、と。
これが、僕が〝ガレージキット〟という存在を知ったきっかけだった。
この言葉が長い長い旅の始まりだったが、当時の僕は知る由もなかった。
ガレージキット、一体どんなキットなのだろう。
Hi-νガンダムの話を聞いてから、僕の頭の中はそればかりだった。何せ、ガレージキットである。ガレージ+キット、頭を捻ってみてもどんな代物か全く見当も付かない。
そんなある日、Hi-νガンダムを教えてくれた友人と他数名連れ立って模型屋に行く事になった。場所は当然、吉祥寺である。当時吉祥寺のユザワヤには広い模型売り場があり、近隣の小学生達はお小遣いを握り締めてガンプラやミニ四駆を買いに馳せ参じていたのだった。
しかし、僕らの目的はそこではなかった。吉祥寺駅からちょっと離れた所にある模型屋である。友人はそこでHi-νガンダムを見たのだという。ならばそこでHi-νガンダムの存在を確かめ買うしかない。
そこはいかにも専門店という感じのお店で(実際、専門店である)、小学生の僕らにはまあまあ敷居の高いお店だった。
目的のHi-νガンダムは直ぐに見付かった。
形は分かった。左右対称のファンネルが翼みたいで超絶格好いいガンダムである。
しかし色が分からない。パッケージが白黒なのだ。箱も普段のツルっとした箱でなく、茶色い箱。簡素なボール紙の箱に商品の絵柄や写真が描かれたシールが貼ってあるだけ。見れば、似たような箱が幾つも積み重なっている。何だコレは、それが僕の率直な感想だった。
何より驚いたのが、その値段。1万円どころか数万を超えるモノもざらにある。
1/144のガンプラが大体500円前後で買えた時代である。HGだって1000円前後。どう考えても高過ぎるし、持ち合わせを明らかにオーバーしている。ガレージキットって高いんだな、僕らは衝撃を受けながら家路についた。
大部分の人間は、ここで終わりである。事実、連れ立って行った友人達もこれ以上ガレージキットの話はしなくなった。最初にHi-νガンダムを教えてくれた罪深い友人も、である。
しかし、小学生の僕はとてつもなく諦めが悪かった。
ガレージキットのラインナップはHi-νガンダムだけではなかった。デビルガンダム第一形態、ノイエジール、アプサラス、
時は流れて、1月。僕は一人で模型店を再訪した。お年玉によって底上げされた財力でガレージキットを購入しようと決心しての再訪だった。
散々悩んで購入を決めたのはZⅡである。どうしてZⅡを選んだのか、覚えていない。ここから俺様のガレージキットライフが始まる、そういう高揚感を胸にレジに持って行った。
しかし、あっけなくそれは阻まれた。店員のお兄さんが僕に向かって一言。
「ガレージキット作った事ある?」
当然、ない。
「じゃあ、塗装とかした事は?」
「ガンダムマーカーで、ちょっと」
「あ――――」
お兄さんは何かを察したようで、レジを打つのを中断してカウンターから箱を取り出した。何のキットかは覚えていないが、多分ガンダム系のガレージキットだと思う。
「これがガレージキットの中身だよ」
お兄さんが開けた箱の中身、それは僕の想像の範疇を明らかに逸脱した代物だった。
クリーム色の謎の物体が、ごろっと。
プラモデルのようにランナーにパーツが収まっているのではなく、パーツがごろっとしているのだ。何だこれ、衝撃的であった。
「これ、瞬間接着剤を使って組み立てるんだ。パーツを接着する時には真鍮線を使って。塗装する前にはサーフェーサーを吹かないと」
お兄さんは丁寧に作り方を解説してくれた。
しかし、何を言っているか分からない。お兄さんが丁寧に解説してくれればしてくれる程、自分の力量ではZⅡを組み立てるのは不可能である事を思い知った。みるみる気が遠くなる。高揚感がしぼんでいき、絶望感に満たされる。
「プラモデルを上手く作れるようになったらまたおいで」
僕は打ちひしがれて店を出た。
あれほど悲しい帰路は、現在に至るまで数回しかない。
大多数の人間は、ここで物語が終わるのだ。Bad End。青春のほろ苦い一頁として幕を閉じる。
しかし、僕は自分でも引くレベルで諦めの悪い人間である。
物語は残念ながら、ここから始まってしまうのだ。
――現在。
あれから20年以上経った。あの吉祥寺の模型屋も今はない。
しかし、僕の手元にはガレージキットがある。それもクローゼットの収納スペースを圧迫するレベルで。
あの日打ちひしがれた少年は、やさぐれたオッサンになって今日もガレージキットを組み立てる。お兄さんが教えてくれた作り方を今なら理解出来る。ニッパーとガンダムマーカーだけだった時と違い、道具も塗料も一通り揃っている。
ガレージキットをきっかけに、僕はプラモデル以外に色んな模型がある事を知った。レジン、ソフトビニール、ホワイトメタル、そして3Dプリンタ。きっとまだまだあるだろう。
ガレージキットの即売会が催されるイベントに足繁く通い、ゲームで使う為に海外からレジンキットをウェブオーダーする。最近では念願だったボークスのF.S.S.キットも入手した。
ガレージキットは増えていく一方である。一生掛かっても作りきれないだろうが、それでも僕は幸せである。
長い長い旅は、まだ終わりそうにない。
『少年の日の思い出、或いはガレージキットとの邂逅』補足1
https://kakuyomu.jp/users/riki3710/news/16818093073342677969
『少年の日の思い出、或いはガレージキットとの邂逅』補足2
https://kakuyomu.jp/users/riki3710/news/16818093073342975932
※近況ノート補足1、2にはガレージキットの写真が添付されております。興味のある方はご覧下さい。
少年の日の思い出、或いはガレージキットとの邂逅 湊利記 @riki3710
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