第11話 火曜日の通り魔
11.火曜日の通り魔
池に続く小径に薄いベージュの髪をした女性が立っていた。彼女は臨戦態勢の我々に驚いたのか、両手を挙げてこちらに歩いてきた
「かおりさん」
思わず声が出た。女性は初恋の人がそのまま成長したような顔をしていた。
昔映画館で見た映画のように追憶が目の前に映される。
中学生だった僕は、小学生の頃から好きだった初恋の人を思い続けていた。結局彼女を誘うことが出来ないまま、想いは儚くも崩れ去った。直接言われた訳ではないが、自分に自信のない人が人から頼られる事がないことを教えてくれた人だ。
彼女に声をかけられなかったことは人生の糧になった。彼女と別の高校に進学して、僕が初恋の人に取り憑かれていたことに気付いた。中学生の僕は彼女に嫌われることだけを恐れて壁を越えることができなかった。彼女ことを思うだけでこの広い世界を狭く生きていることに気付いた。彼女は僕が彼女を思っても、彼女から見れば僕は無関心の存在でしかないのだ。
高校生になった僕は、広い世界を広く生きるために、自分の気持ちに正直に生きることに決めた。周りにどう見られても余り気にしないようにして、それが身についた。
気になる女性には付き合っている人が確認できなければ必ず声を掛けて誘うようにした。奇襲攻撃をすると相手が困ってしまうので、1週間前から告白をほのめかせて、自らも噂を立てる工作をした上で誘いをかけた。つまり、相手には準備時間を提供した上でいつも火曜日に声を掛けた。
元々、人に対して無頓着な性格だったこともあり、断られても笑顔で相手を見送ることができた。そして相手に自分を選ばなかったことを恨むこともなかった。ラグビーのノーサイドのようなものだ。僕にとっては勝利も敗北も意味がない。あるのは中学生の自分への反省だけだった。
後で誤解に気付いたのだが、相手としては僕にいつまでもしつこく思われるのも厄介だろうから、断られた後は、潔く身を引いて、再度誘うことはなかった。そして、誘ったことが起きなかったかのように会話も淡白なものにしていた。
周りからは随分冷やかされたし、色々な噂も立った。的外れと思われる中傷を受けることもあった。しかし、意に介さず、本屋で本を選んで立ち読みするように多くの女性に声を掛けた。立ち読みが犯罪という意識がないように、女性を誘うことに罪悪感は感じなかった。
こういう奇抜な行動をする僕は、周りの女性が好む”中庸”あるいは”普通には最も遠かった。もっと統計的に言えば標準偏差の小さい分布にある中堅あるいはそれ以下の高校の女生徒にとって僕は受け入れることの出来ない異端児だった。
そんな異端児の誘いに「いいですよ」と言える女性はまずいなかった。異端児を受け入れるということは相対性を壊す。それは、群れから外れることを意味している。楽しい高校時代をそんなリスクの高い好奇心に委ねる危険は分かっている。彼女達にとって群れから離れるということ程、避けたいことはないのだ。
いつしか僕は「火曜日の通り魔」という通り名まで頂く高校の名物男になっていた。女性の方も「断りマニュアル」のようなものが存在すると耳にしたことがあった。女性を誘って断られても全然気にならない精神力もついた。
こんなことを懲りずに続けていると、いつしか女性が断る仕草を見るのが楽しくなってきた。それは、断られる過程(プロセス)を楽しむために女性に声を掛けるようになっていたのかもしれない。
由樹に声を掛けたのは2年生の9月だった。そろそろ大学受験に向けて本格的に取り組むために「火曜日の通り魔」を引退しようと決意していた。折角なので最後にふさわしい美人を選んだ。
由樹は美人で頭が良いが、言葉が無機質で、同級生に言わせると”見下される”印象を受けると言っていた。僕自身も特異な雰囲気を持つ女性という印象を持っていた。
以前彼女に声を掛けた複数の男が心を病んでしまい、長期間学校に来なくなったという。周りの男達は、自分よりも頭の良い女性を敬遠するところがあり、彼女の周りには男の気配が感じなかった。格上感は否めなかったが、自分もいつか成長したら、こういう女性にも声を掛けることがあるだろうと、模擬試験で合格の見込みのない大学名を書くような感覚で挑んだ。
由樹に話しかけると意外な言葉が返ってきた
「私に声を掛けるの随分と遅くない?」
驚いたが、咄嗟に良い言葉が思いついた
「最初に由樹さんに声を掛けると、次に声を掛ける人が落ち込むから」
由樹は首をかしげて微笑んだ
「さすがは、”火曜日の通り魔”ね。そういう言葉を選ぶんだ」
彼女は文系志望なので、ある程度は予習して、幾つか言葉を準備していた
「嬉しいな、由樹さんが僕の通り名を知っていてくれて」
「なに言っているのよ、あなたはこの学校じゃ有名人よ。
その有名人にお誘い頂けるならば断れないわね。次の土曜日の午後ならば都合つくよ」
予想外の答えに呆然としてしまった
「いいの?」
「なによ、誘っておいて」
「いや、深草少将みたいに、100日位誘わないと無理だと思っていたから」
「私は小野小町じゃないつ~の。それにあなた道化ぶっているけれど、私は数学や理科であなたよりいい点を取ったことないけどね。みんなどうして、こんな優良物件の誘いを断るのかしら」
「発動機のついていない飛行機は、風がないと飛べないからね」
「風か、風は見えないけれど存在が分かる不思議なものよね」
「由樹さんの気まぐれみたいだね」
学校に”火曜日の通り魔”が現れなくなった。現れなくなった原因は僕なのか由樹なのかは分からない。
*************
ディラが腕を組んできた
女性は笑顔になってまた何かを話した。
“驚かせて申し訳ない。だって”
「信頼できる相手か?」
“一緒に戦った仲間よ”
「会話するために、肩に触れていいか?って何ていうの?」
ディラから伝わる言葉を九官鳥のように彼女に伝えた。
彼女は微笑んで頷き、両手を下ろして駆け寄ってきた。ニールと話して気付いたが、頷くことと首を振ることは日本の作法と同じ意味で間違いないようだ。
彼女はケトンという名前で、ディラやニールと同じ歳だという。12束程の弓を持っている。体つきの割には強い弓を引くようだ
「あなた、記憶を無くした異邦人と聞いたけど、全く記憶はないの」
ディラと顔を合わせた
「誰からそれを?」
「ハイゼからよ」
「呼吸の仕方や飯の食べ方、以前使っていた言葉など、身についているものは覚えているがそれ以外は憶えていない」
「黒髪ね。東に黒髪の国があると聞いたことがある」
ディラも魔力を消費しながら会話しているだろうから、長くも付き合わせていられない。 既に初恋の人に興味もない。僕にとっては忘れたい過去になっている
「ところで、どんなご用で僕らの跡を付けてきたのでしょうか?」
ディラがどのように翻訳して僕に伝えているのかは分からないが、ケトンは真顔になった。
「私はあなたの子供が欲しい」
流石にこれは驚いた
“この世界では繁殖期があるらしいが、こういう作法なの?”
日本語でディラに聞いた。
ディラは険しい表情のまま頷いた
「僕は素性の分からない異邦人ですよ」
「ブンゲや幼竜を倒した勇者様でしょう」
先程の戦闘も見られたようだ
ディラがケトンに何かを伝えたいようなので、ディラから伝わる言葉を九官鳥のようにそのまま伝えた。ケトンはディラに睨みを入れると
「私のパーティも帝都に戻るから、帝都でまた逢いましょう」
そう言うと足早に去っていった。池の入り口で振り返り、笑顔で手を上下に振った。地球では左右に振る手は、この世界では、上下に振るようだ
「種馬だなこりゃ」
ため息をついて、切なく呟いた。
ディラは険しい顔をしていた。由樹ならば抱きしめていたところだが、ディラと僕にその距離感はない。嵐が去るのを待つのが得策だ。無言のまま、なぜ地球の人間に繁殖期がないのかを真剣に考えていた
「Inmoって言ったっけ、この世界の繁殖期。僕のいた世界じゃ人類が絶滅の危機に瀕したか、捕食者が効率よく生産できるようにいつでも繁殖できるようにしたんだろうな」
ディラは地面に何かを書き始めた。そのとき聞き覚えのある声が耳に届いた。
<つづく>
おかしいだろう このパーティ魔女3人って ひとえだ @hito-eda
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
フォローしてこの作品の続きを読もう
ユーザー登録すれば作品や作者をフォローして、更新や新作情報を受け取れます。おかしいだろう このパーティ魔女3人っての最新話を見逃さないよう今すぐカクヨムにユーザー登録しましょう。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます