心くばりの仲介業者

ひぐらし ちまよったか

賃貸物件

「――こちらが、ご案内の物件になります……」


 テーブルに広げたファイルは、来客の希望に副うよう吟味を重ね、厳選したモノだ。


「……ですが、お客様? 私としては、外観や書類上の確認だけではなく、是非いちどされて、ご自分の目でご覧になる事を、お勧めします」

 このエージェント、お客に対して親身になる性格らしい。

「え? そんな事が可能なんですか?」

 初めての来店に緊張気味だった客も、思わぬ申し出に心底驚いた様子。


「もちろんですとも。こう云った物は結局『相性』ですから、実際に中へ入り確認した方がいいですよ。そして気に入らなければ、どうぞ遠慮なく仰って下さい。改善出来る様なら対応しますし、無理でしたら代わりの物件をご紹介します。お客様が満足できる仲介をする事が、私どもの努めですので」


 やわらかな微笑みが安心感を産む。


「それでしたら、ぜひ! 内見させて頂きたいです!」


「――はい、先方へ連絡を入れますね。すみませんが、お電話少々失礼します」


 〇 〇 〇


 ――暗い一人暮らしに着信が鳴る。


 エージェントからだ。


【――ご希望のお客様が来店されているのですが、今からコチラへますか?】


「……はい……すぐに伺います」


 〇 〇 〇


「……すごい! これがカラダですか……」


 鏡に映った私は、しばらく見た記憶がない程、背筋が伸びてイキイキとしている。


(――が変れば、こんなに変わるもんなんだな……)


「なんて肌が美しい……それにしても、かなり若いですよね?」

「めったに外出しない生活らしく、色は白いですね。肌がきめ細かく若く見えるのは、日本人の特徴です。大丈夫、ちゃんと成人していますよ」


 鏡のお客様は……満足の、笑顔。



 ――このまま、お客様が私の肉体を気に入れば、契約は成立する。


 私は、すべての生活苦から解放され、お客様の内側からの存在となる。



 ――もう、どうしようもなかった私の、これからの幸せが、賃料だ。

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心くばりの仲介業者 ひぐらし ちまよったか @ZOOJON

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